【ウォンカとチョコレート工場のはじまり】あらすじ(ネタバレ)と考察-ウィリー・ウォンカの「狂気」と組合が守ろうとした「秩序」-
「ウォンカとチョコレート工場のはじまり(公式)」は2023年12月8日に日本で公開されたポール・キング監督によるファンタジー映画である。原作はロアルド・ダールによる1964年の児童小説「チョコレート工場の秘密」。本作は若き日のウィリー・ウォンカが、亡き母との約束を胸に、一流のチョコレート店を開くため奮闘する姿を通して、夢見る力の強さと「純粋さが狂気へと変貌する瞬間」を描いたミュージカル作品となっている。
極めて大事な事実なのだが、この作品は2005年に公開されたティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」の前日譚ではないということである。全く別物として見なくてはならない。この作品のウィリー・ウォンカは幼少期に母と二人で生活しており、厳格な歯科医の父など存在していない。ティム・バートン版とのつながりを期待すると肩透かしを食らうので注意しましょう。
*「ティム・バートン版」のウィリー・ウォンカについては以下の記事で考察している。
さて、本記事では、物語の詳細なあらすじをまとめつつ、「組合(カルテル)の正当性」「ウォンカというジョーカー」「文字が読めないことの恐怖」といったポイントについての解説・考察を行う。先ずは、この映画の基本情報を振り返っていこう。
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「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」の基本情報
作品概要
| 公開日 | 2023年12月8日(日本) |
|---|---|
| 監督 | ポール・キング |
| 音楽 | ジョビー・タルボット(スコア) ニール・ハノン(歌曲) |
| 原作 | ロアルド・ダール「チョコレート工場の秘密」(キャラクター原案) |
| 制作 | ワーナー・ブラザース / ヘイデイ・フィルムズ |
| 上映時間 | 116分 |
主要な登場人物(キャスト)一覧
| 登場人物 | 俳優 | 人物概要 |
|---|---|---|
| ウィリー・ウォンカ | ティモシー・シャラメ | 魔法のチョコレートを作る純粋な若きチョコ職人。夢は亡き母と約束した世界一の店を開くこと。文字が読めない。 |
| ヌードル | ケイラ・レーン | 宿屋で働く孤児の少女。膨大な借金を背負わされている。ウォンカの相棒となり、彼に文字を教える。 |
| ウンパルンパ | ヒュー・グラント | オレンジ色の小人。カカオ豆を盗まれた借りを返すため、ウォンカにつきまとう。 |
| 警察署長 | キーガン=マイケル・キー | チョコ中毒の警察署長。組合から賄賂(チョコ)を受け取り、ウォンカを排除しようとする。 |
| アーサー・スラグワース | パターソン・ジョセフ | チョコレート組合のリーダー格。表向きは紳士だが、裏では市場を独占し、新規参入を許さない冷酷な男。 |
| ミセス・スクラビット | オリヴィア・コールマン | 宿屋兼洗濯屋の強欲な女主人。文字の読めない客を騙して奴隷契約を結ばせる。 |
人物相関図
「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」のあらすじ(ネタバレなし)
物語は、魔法のチョコレートを作る才能を持った若者ウィリー・ウォンカが、自分の店を開くために憧れの街「グルメ・ガレリア」の港に降り立つところから始まる。
彼は「帽子いっぱいの夢」と12枚のソブリン銀貨を握りしめて上陸した。しかし、世間知らずの彼は、地図の購入や靴磨きの少年に1枚ずつ支払い、さらに店のかぼちゃを落とした弁償で3枚、汚れた靴を再び磨いてもらい1枚と、瞬く間に資金を減らしていく。極めつけに、貸店舗の前で空想にふけっていただけで警察官に「空想禁止」の罰金として3枚を徴収され、残る銀貨で貧しい母子に「好きなだけ」施しを与えた結果、最後の一枚も側溝に落としてしまう。
上陸からわずかな時間で一文無しになったウォンカはベンチでの野宿を覚悟するが、偶然通りかかったブリーチャーという男に導かれ、スクラビットとう女性が営む宿屋兼洗濯屋を紹介される。翌朝、自分のチョコレートを売れば稼げると楽観視するウォンカに対し、スクラビットは「出世払いコース」を提案し、契約書へのサインを要求する。宿で働く孤児の少女ヌードルは「小さな文字も読め」と警告するが、実は文字が読めないウォンカは、内容を理解せぬまま契約を結んでしまう。
翌日、ウォンカはグルメ・ガレリアで、食べた人が宙に浮く「フローティング・チョコ」を華々しくデモンストレーションする。聴衆は熱狂するが、街を牛耳るチョコレート組合の3人(スラグワース、プロドノーズ、フィクルグルーバー)は、彼のチョコを「シンプルではない」と酷評し、警察を呼んで営業を妨害する。
稼ぎがないまま宿に戻ったウォンカを待っていたのは、契約書の「小さな文字」による1万ソブリンという法外な請求だった。彼は宿の地下にある洗濯場に落とされ、同じく罠にはまった人々と共に、返済のための強制労働を強いられることになる。
「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」の結末までの詳細あらすじ(ネタバレあり)
(※警告:ここから先は、映画の冒頭から結末までを含む詳細なネタバレが記載されているため、未視聴の方はご注意ください。)
起:夢の始まりと契約の罠
自分のチョコレート店を開くため、憧れの街「グルメ・ガレリア」の港に降り立った若きウィリー・ウォンカ。「帽子いっぱいの夢」と12枚のソブリン銀貨を握りしめていた彼だったが、地図の購入(1枚)や靴磨き(1枚)に加え、不注意でカボチャを割ってしまい弁償(3枚)、汚れた靴を再び磨いてもらい(1枚)と出費が嵩む。
さらに、貸店舗の前で店を開く空想にふけっていただけで、警察官に「空想禁止」の罰金として3枚を徴収されてしまう。手持ちが残り少なくなった中、貧しい母子に「寝るところがない」と乞われ、気前よく2ソブリンを渡すが、直後に最後の一枚を側溝に落としてしまう。上陸して間もなく、彼に残されたのは「帽子いっぱいの夢」だけとなってしまった。
一文無しになりベンチでの野宿を覚悟したウォンカに、ブリーチャーという男が声をかけ、スクラビットという女性が営む宿屋兼洗濯屋を紹介する。翌朝、自分のチョコを売ればすぐに稼げると主張するウォンカに対し、スクラビットは「出世払い」を提案し、契約書へのサインを要求する。宿で働く孤児の少女ヌードルは「小さな文字も読め」と忠告するが、文字が読めないウォンカはその意味を理解できず、契約を結んでしまう。
翌日、ウォンカは貸店舗の前で「食べると浮くチョコレート」を華々しく披露し、人々を熱狂させる。しかし、それを見ていたチョコレート組合の3人(アーサー・スラグワース、ジェラルド・プロドノーズ、フィクルグルーバー)は、「シンプルではない」という理由で彼のチョコを拒絶。彼らは警察を呼び、デモンストレーションを強制的に中止させる。
稼ぎがないまま宿に戻ったウォンカを待っていたのは、契約書の「小さな文字」による1万ソブリンという法外な請求だった。返済できない彼は宿の地下にある洗濯場に落とされ、同じく罠にはまった人々と共に、洗濯係として強制労働させられることになる。
承:地下の絆とゲリラ販売
洗濯場には、ウォンカと同じ境遇の人々が閉じ込められていた。中でもヌードルは、赤ん坊の頃に拾われた際の「世話代」も含め3万ソブリンもの借金を背負わされていた。彼女が持っていた指輪には「N」の刻印があったため、ヌードルと名付けられたという。
チョコを食べたことがないヌードルのため、ウォンカは鞄として持ち歩いていた小型工場でチョコを作り振る舞うことにする。チョコレートを作っている最中に、昔からチョコレート職人になりたかったのかと問われたウォンカ。彼は元々魔術師になりたかったらしい。
子供の頃ウォンカは母と小さな船の上(川)で生活しており、彼は母を驚かせるための手品を四六時中考えていた。料理人であった母が誕生日に作ってくれたチョコレートの美味しさに感動したウォンカは母とともにグルメ・ガレリアで店を開くことを夢見るが、母は板チョコを1枚残しこの世を去ってしまった。母の作るチョコレートにはなにか「秘密」があったようだったが、その「秘密」をしることもできなくなってしまったのである。
ウォンカは自分のチョコレートをお披露目するときに隣で一緒に食べてくれるという母との約束を叶えるためにグルメガレリアにやってきたのだった。すでに母はなくなっていたが、不思議とこの約束を守ってくれるような気がしていた。そしてチョコレートの「秘密」も教えてくれると感じていた。
ヌードルはウォンカが作ってくれたチョコレートの味に感動するが、「これがない生活が辛くなる」と悲しむ。ウォンカは「ここを出してくれれば一生チョコを食べさせる」と約束し、彼女の手助けで外に出る計画を立てる。
翌朝、ヌードルの手助けで外に出られたウォンカだったが、売りに出すはずだったチョコレートがなくなっていた。実はウォンカは、謎の「オレンジ色の小男」ウンパルンパに付きまとわれていたのだ。かつてルンパ島でカカオ豆の番人をしていた彼は、居眠り中にウォンカに豆を持っていかれた(ウォンカは収穫だと思っていた)責任で追放され、その1000倍を取り返すまで帰れない身だった。ヌードルは小人の話を信じなかったが、チョコ作りには「キリンの乳」が必要だったため、二人は動物園に忍び込み乳を入手する。
その帰り、ウォンカは警察が自分を狙っていることに気づく。組合はウォンカを排除するため、大量のチョコで警察署長を買収していたのだ。
ウォンカは洗濯場の仲間の協力を得て、下水道や配管を使い神出鬼没にチョコを売りさばく作戦に出る。彼のチョコは飛ぶように売れ、組合の売上は激減。ついにウォンカは念願の店舗を借りる資金を手に入れる。
だが組合側も、ヌードルがウォンカの協力者であり、スクラビットの宿にいることを突き止める。彼らはスクラビットを利用して、開店用のチョコに「イエティの汗(強力な毛生え薬)」を混入させる。開店初日、チョコを食べた客たちの髪や髭が異常に伸び始め、店は大混乱となり破壊されてしまう。
転:出生の秘密と絶体絶命
失意のウォンカに対し、組合は「街を出て二度とチョコを作らないなら、仲間たちの借金を肩代わりする」と持ちかける。ヌードルたちを救うため、彼は提案を飲み、船に乗って街を去る。
しかし船上で、彼はスラグワースがヌードルと同じ指輪をしていたことを思い出す。ヌードルに危険が迫っていると直感したウォンカは、船から脱出し街へ舞い戻る。
実際、スクラビットはヌードル以外の仲間は解放したが、ヌードルだけはスラグワースの指示で監禁していた。ウォンカは仲間たちと共にヌードルを救出し、組合との決着をつけることを決意する。
彼らは組合が悪事を記した「裏帳簿」を奪取する作戦を決行し、一度は入手に成功する。しかし、逃走中にウォンカとヌードルは組合に捕まってしまう。そこで明かされたのは、ヌードルの本名がゼベディーであり、スラグワースの亡き弟の娘だという真実だった(指輪の刻印はNではなくZだった)。スラグワースは遺産を独り占めするため、貧しい母 D.スミスを騙してヌードルを捨てたのだった。
真実を知った二人に対し、組合は大量の液状チョコレートの中に彼らを閉じ込め、「チョコ死」させようとする。密室にチョコが満たされ、二人は絶体絶命の危機に陥る。
結:分かち合う秘密と新たな夢
絶体絶命の二人を救ったのは、ウンパルンパだった(まだカカオを回収しきれてい)。彼の協力で脱出したウォンカたちは、裏帳簿を警察に突き出し、組合と汚職署長の悪事を白日の下に晒す。
スラグワースたちは逮捕され、街には平和が戻る。すべてが終わった後、ウォンカは母が遺した最後の板チョコを開封する。そこには金色の紙が入っており、母のメッセージが記されていた。
「秘密は、チョコレートそのものじゃなく、誰と分かち合うかよ」
ウォンカはそのチョコを仲間たちと分け合い、その味を噛み締める。そして、仲間と共にヌードルの母D.スミスを探し出し、ヌードルと母の感動的な再会を実現させる。
すべての約束を果たしたウォンカは、ウンパルンパと共に廃城を買い取り、そこに夢の「チョコレート工場」を作り上げる。ここから、彼の新たな冒険が始まるのだった。
「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」の解説・考察
- 組合は「品質と秩序」の守護者だった?
彼らは既得権益を守る悪党だが、同時に街の名声を築いた有能な経営者でもある。ウォンカという「法と秩序を無視する異物」に対し、彼らは過剰防衛反応を起こしただけかもしれない。 - 真の悪は「無知につけ込む契約社会」
組合以上に恐ろしいのは、文字が読めないウォンカを搾取したスクラビットである。彼女の存在は「リテラシーなき者は食い物にされる」という現代社会の残酷な真実を突きつけている。 - ウォンカは純粋な「ジョーカー」である
「夢」という正義を掲げ、不法侵入や公共占拠を繰り返すウォンカは、既存の社会秩序を破壊するテロリスト(ジョーカー)の側面を持つ。彼の純粋さは、時として社会にとっての劇薬となる。
チョコレート組合は本当に「悪」なのか?
本作のヴィラン(悪役)として描かれるのが、街を牛耳る3人のチョコレート組合である。彼らは警察署長を買収し、新規参入を妨害する「カルテル」として描かれている。
しかし、彼らを単なる「悪」として切り捨てるのはあまりにも短絡的であるように思われる。彼らの視点に立てば、この物語は全く別の様相(テロリストとの戦い)を呈してくるのではないだろうか。
彼らは「最高品質」を守る守護者である
まず忘れてはならないのは、彼らが作るチョコレートは「決して不味くはない」という点。むしろ、その逆である。
ウォンカの母ですら、彼らの店がある「グルメ・ガレリア」のチョコレートを知っており、その名を轟かせている。これは彼らが長年にわたり、高品質な製品を提供し、ブランドと信頼を築き上げてきた証拠に他ならない。
つまり、彼らは既得権益にあぐらをかいているだけの無能な集団ではなく、素晴らしいチョコレートを作り、街の経済と評判を支えてきた「有能な経営者たち」ということになるだろう。
カルテルの罪と、ウォンカの罪
確かに彼らは「カルテル(価格協定・市場独占)」を形成しており、これは自由市場経済に対する「悪」である。しかし、それはあくまで経済犯罪の範疇であり、根本的に人道に反するような残虐行為を(ウォンカが現れるまでは)行っていなかったのではないだろうか。
一方で、主人公ウォンカの行動はどうだろう?
彼は「夢」のためなら手段を選ばない。動物園に不法侵入してキリンの乳を盗み(窃盗罪)、許可なく路上で商売を行い(道路交通法違反、無許可営業)、公共の場を占拠して混乱を引き起こす。
冷静に法的な観点で見れば、秩序を乱し、予測不能なリスクを撒き散らしているのは、組合ではなくウォンカの方である。組合側からすれば、彼は「衛生基準も法的続きも無視する、危険なテロリスト」に他ならない。
真の邪悪は「契約書」の中に潜む
この映画において、組合以上に恐ろしく、人道的な意味において明確に「悪」として描かれているのは、実のところ宿屋兼洗濯屋を営むスクラビットとブリーチャーである。
スクラビットの「人道に対する罪」
組合の罪が「経済的独占」だとすれば、スクラビットの罪は明確な「人道に対する罪(搾取)」である。
彼女は、宿代がないウォンカに「契約書」へのサインを求める。そこには目に見えないほど小さな文字で、法外な追加料金や労働義務が記されていた。これは、商売の駆け引きのレベルを超えた、人間を家畜として扱う罠である。
組合が悪役に見えるのは、彼らが主人公の「夢」を邪魔するからに過ぎない。しかし、スクラビットは「人間の尊厳」そのものを踏みにじっている。真に唾棄すべき邪悪は、華やかなチョコレート売り場ではなく、薄暗い洗濯場にこそ存在していたのだ。
「文字が読めない」ことの致命的な代償
ここで最も残酷な事実は、ウォンカが「文字を読めなかった」ためにこの地獄に落ちたという点である。
彼は魔法のようなチョコレートを作る才能はあるが、社会の基本的なルール(契約)を理解するリテラシーを持っていなかった。スクラビットはその無知につけ込んだのだ。
この映画は、ファンタジーの皮を被りながら、そんな冷徹な現実を突きつけてくる。(字が読めない主人公が契約社会でカモにされる描写は、笑い事ではなく純粋なホラーだろう)
ウィリー・ウォンカ=「ジョーカー」説
以上の視点から本作を振り返ると、ウィリー・ウォンカという人物は、バットマンにおける「ジョーカー」のような存在に見えてくる。
「夢」という錦の御旗
ウォンカは常に明るく、「夢」や「母との約束」を語る。しかし、それは彼の違法行為や迷惑行為を正当化する「錦の御旗」として機能してしまっている。
「素晴らしいチョコを作れば、みんな幸せになる」という彼の理屈は、「目的が正しければ、手段は問わない」という過激思想と紙一重だ。彼が警察に追われるのも、組合に命を狙われるのも、彼が社会のルールを無視して暴走した結果である。
しかし、彼は主人公であり、イケメンであり、魔法使いのような力を持っている(というか完全に魔法使いだが)。だからこそ、観客は彼の「悪さ」を見過ごし、彼を排除しようとする組合の方を「悪」と認識してしまう。
以上のように考えてみると、結局この映画で描きたかったことは「すでにあるものの破壊」だろう。まさに2019年に公開された「ジョーカー」的世界観と言えるのではないだろうか。
ティム・バートン版の「チャーリーとチョコレート工場」では「厳格な父との過去」という追加要素を描くことでチョコレート工場で発生する事件にある種の「理由」を付加することに成功しており、それが映画としての面白さを生み出してくれている。
一方で、この作品は現代的な潮流を「ウィリーウォンカ」という存在を利用してやってみたという感じしかしないというのが正直な思いである。
それでもなお、この作品に面白いところがあるとすれば「ウンパルンパ」の描写だったのではないだろうか。彼のコミカルな人間性や行動は私にとっては十分な心の安らぎとなった。とりあえずそれで良かったことにしよう。
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