「魔女の宅急便」について前回は「ジジがラストでも喋らない理由」について考えた。前回の記事ではキキが魔法のちからを失った理由についても考えたが、今回は何やら我々の心をざわつかせた、序盤に登場する先輩魔女について考えようと思う。
我々の心をざわつかせた理由はもちろん先輩魔女のそっけない態度である。もはや冷淡と言ってもよい。そして何より重要なことは、あの先輩魔女が登場しなくても「魔女の宅急便」という作品は全く破綻せず成立するということである。では、何故あの先輩魔女が登場しなくてはならなかったのか?今回はそのことについて書こうと思う。
まずは先輩魔女とのやりとりを思い出してみよう。
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「魔女の宅急便」での先輩魔女とのやり取り
故郷をあとにしたキキは景気づけにラジオから音楽を流す(ルージュの伝言)。するとそこに箒で空を飛んでいる別の魔女を発見し、キキは気さくに声をかけた。
話しかけたその瞬間には何やら好意的に見えた先輩魔女だったが、キキが「新人」であるとわかった途端「ラジオを止めてくださらない?」と態度が急変した。
思わぬ最初の一撃を食らったキキだったが、「静かに飛ぶのが好き」という先輩魔女を前に素直に言うことを聞いた。それでもキキは新しい街に住み着くことの大変さについて尋ねた。
そこからの先輩魔女の嫌な奴っぷりは凄まじく「そりゃいろいろあったけど、私には占いという特技があったからなんとかなったわ。あなたはなにか特技があるの?」と極めて上から目線で語ってきた。どうやら先輩魔女はもうじき修行が開けるらしい、
しばらくすると先輩魔女の街が近づいてきた。「小さい街だけど悪くわない、あなたも頑張って」という一言を残し、わざわざキキの上を経由して自分の街へ帰っていった。
残されたキキは空を飛ぶことしかできない自分の行く末に僅かな不安を覚えた。
以上が先輩魔女とキキとのやり取りである。こういうタイプの先輩にだけはならないようにしようと思いながら生きてきた気もするが、何故こんな嫌な先輩が登場したのだろうか?それには「魔女の宅急便」の最重要人物「おソノさん」が関わっているものと思う。
「魔女の宅急便」でキキに起きた奇跡と先輩魔女の思い
若き魔女たちの苦難の歴史
我々が薄々気づいていながらも、ないことにしているご都合主義が「魔女の宅急便」には存在している。それは「おソノさん」の存在と「母がくれた箒(ほうき)」である。
特に「おソノさん」の存在は極めて本質的である。「海が見える街」を自分の街にしようとしたキキが、最初に直面したのは極めて冷たい街の人々の目線だった。もちろんキキの想定が甘かったのだが、それでもなお我々は「もう少し優しくしてやってもいいじゃないか!」と思うものである。
しかしながら、そもそもなぜ魔女が孤独な旅を宿命づけられているかといえば、そういった状況を知るためであり、それでもなお生き抜く力をつけるためであろう。
そしてここで我々は考えてみるべきである。キキ以外の魔女がどういった日々を送ったかを。
キキにはおソノさんがいたが、すべての若き魔女があんな存在に出会えるわけがない。ほとんどすべての魔女はおソノさんに出会えなかったのだ。
おソノさんに出会う直前までのキキの姿こそが、歴史上の若き魔女が食らった状況である。周りに自分を受け入れてもらえず、途方にくれている。ではあのあと歴史上の魔女たちはどのように生きたのか?・・・・・・・・。
おそらく皆さんが想像したような最も考えたくない作戦を取るしかなくなっただろう。少なくとも「魔女の宅急便」で描かれている「魔法」には大した力はない。魔女にできることなんて殆どないのだ。したがってほとんどすべての魔女たちは、若くして極めて苦しい状況に陥りながら、それでもなお懸命に生きたのだろう。
そのように考えると、先輩魔女のそっけなくて上から目線な態度にもある程度納得が行くだろう。
先輩魔女がキキに対してあんな態度をとったのは、別にマウンティングしたかったのではなくて、本当にしんどい日々を送ったからにほかならない。彼女は「そりゃいろいろあったわよ」で済ませてしまっていたが、それは先程我々が想像したような日々だったかもしれないのだ。
あの先輩魔女も、キキのように新天地を目指してわくわくしていた日々があったに違いない。しかし、あの先輩が直面した現実はそんな生やしいものではなかったのだ。それでもなお懸命に懸命に生き抜いたあの先輩魔女は、ようやく「占い」という形で自分の居場所を確立した。居場所を見つけたのではない。確立したのだ。
そんな先輩魔女がキキに対して「ああ懐かしいわ!私が初めて出たときのことを思い出す!これからきっと素敵なことがまっているから頑張って!」と言ったとしたらそれこそ嘘だろう。これから自分が食らったような苦難の日々を送るであろう目の前の若き魔女に、なにを言ってあげればよいのかわからなかったのかもしれない。いずれにせよ、あの瞬間先輩魔女には、あの態度しかとれなかったのだ。
キキに起きた奇跡(ご都合主義に対する言い訳)
このように考えてみると、キキが「海が見える街」で遭遇した人々がどれほど奇跡的な人々であったかがわかるだろう。13歳の女の子が知らない街で生きていくには、多くの人々の優しさが必要である。そんな優しさに溢れたすばらしい作品とも言えるが、ご都合主義ともいえる。
あの先輩魔女は、歴史上のすべての若き魔女たちが食らった屈強を代表してキキの出鼻をくじくことによって、作品上の言い訳として登場したに違いない。
もう少し直接的に言うならば、「これからキキは色々な苦難を通じて成長しますよ~。でもそのための舞台設計だけは目をつむってね~。それがご都合主義だとはわかってますよ~」という思いが込められているのだろう。
あの先輩魔女は、作品中の魔女たちの歴史を背負いながら、メタ的な言い訳をするために存在するという極めてハイブリッドな存在として登場している。
あとは「海が見える街」にたどり着いたときの、当然とも言える人々のそっけなさに予めならしておくという効果もあったかもしれない。
いずれにせよ、うまいことやっているわけである。
この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。
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