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機動警察パトレイバー the Movie】あらすじと考察-帆場暎一の犯行動機を追う!-

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「機動警察パトレイバー the Movie」は1989年7月15日に公開された押井守監督による劇場用アニメーション作品である。

初期OVA(1988年4月25日~1989年6月25日)とテレビシリーズ(1989年10月11日~1990年9月26日)の間に公開された作品で、今なお根強い人気を誇っている。個人的にもとても好きな作品で、時間が経てば経つほどそのできの良さと物語の先進性に驚かされる。

今回はそんな「機動警察パトレイバー the Movie」で描かれた混乱を引き起こした真犯人 帆場暎一(ほばえいいち)の犯行動機を探りながらこの作品のもつメッセージを考えていこうと思う

そのためにまずはあらすじを振り返ろうと思う。帆場暎一は何故あんな事件を引き起こしたのだろうか?

ただ、あらすじと言っても全部話してしまうので、ネタバレが嫌な人は途中まで読んで本編を見てください


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機動警察パトレイバー the Movie」のあらすじ(ネタバレあり)

発端

1999年某日、陸自のレイバーが突如暴走を始めた。陸自は虎の子の空挺部隊を動員してこれを制圧したが、驚くべきことにそのレイバーは無人であった。

それとほぼ同時期に、都内の各所でも作業用レイバーの暴走事件が発生していた。暴走したレイバーの搭乗員は全員「作業中に突然勝手に動き出した」と証言していた。

その状況に不穏なものを感じ取った篠原遊馬は、独自に事件の調査を開始するのだった。

HOS

調査の結果、暴走事件を起こしたレイバーのすべてが、篠原工業製の最新OSである「HOS(hyper operating system)」を搭載していたこと、そして「HOS」が発表された直後から事件が発生し始めていることを突き止めた。

その事実を遊馬から伝えられた後藤隊長は、それだけHOSのバグを疑うのは難しいと告げる一方で、そもそも「HOS」にはバグなど存在せず、暴走事件が初めからプログラミングされたものである可能性があることを遊馬に伝えた。

その真偽を確かめるべく、整備班長と遊馬は篠原重工に向かった。

班長が篠原重工の実山に「HOS」について探りを入れる一方で、遊馬は「HOS」のマスターコピーを発見。その調査をする中で、篠原重工側にとっても「HOS」はブラックボックスであり、その全て掌握していないことを知る。

レイバーの暴走事件の原因が「HOS」であることを革新した遊馬は、レイバー暴走のトリガーの調査を開始。そのトリガーが工事現場などで発生し、レイバーの鋭敏なセンサーだけが感知する「低周波」であると仮説を立てる。その仮説を実山にぶつけた遊馬は、その反応から、「低周波」がトリガーとなっていることを確信した。

そんな折、篠原重工から同様の報告を受けていた政府と警視庁は、「HOS」の無料バージョンアップと称して旧来のOSの書き換えを実行することを決断。

篠原重工にお咎めなしという状況に憤る遊馬ではあったが、それで一段落が付くと考えるのだった。

一方後藤隊長は、まだ事件は終わっていないと考えていた。

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帆場暎一

遊馬とは独自に本庁の松井刑事と事件の捜査をしていた後藤隊長は、「HOS」の開発主任である帆場暎一(ほばえいいち)を追っていた。彼は様々なシステムに侵入し自分の情報を抹消しており、極めて怪しい人物であったが、捜査を開始する直前に海洋開発の拠点「方舟」から投身自殺を計っていたことが分かった。

それでも捜査を続けた松井刑事が唯一追うことができたのは、2年間で26回に及ぶ帆場の転居先と生家であった。そしてその全てが、東京の開発の中で失われてく風景のなかにあるものであり、およそ高給取りのプログラマーが住むような場所ではなかった。

一切の証拠を発見できなかった松井刑事だったが、刑事としての感から「帆場はくろ」と確信しており、後藤隊長もそれに同意するのだった。

方舟の決戦

OSを旧来のものに書き換えても、システムの様々な場所に「HOS」のウィルスが侵入し、再び暴走事件が起こる可能性について捜査していた遊馬は「『方舟』台風規模脳強風が襲うと、そこを中心に大規模な共振現象が発生し、首都圏全域のレイバーが暴走する」という可能性に行き当たる。

ウィルスがレイバーのシステムに残っている保証はないが、東京に台風が迫っていた。

後藤隊長は本庁の上層部が「黙認」する状況をお膳立てし、特車二課第二小隊に「台風に乗じた方舟解体作戦」を命令する。

第二小隊の面々は、「方舟」に設置されたガードロボット、第一小隊に配属予定だった「零式」との交戦しながらも、「方舟」の解体に成功する。

帆場暎一が計画した大規模犯罪は失敗に終わった。

しかし、大規模海洋開発計画「バビロンプロジェクト」の拠点である「方舟」を失い、海洋開発大きな遅れを取ることを余儀なくされる。

帆場暎一は勝ちはしなかったが、負けもしなかったのかもしれない。そしてそれでもなお、変化という宿命を背負った東京の開発は続いていくのである。


以上が個人的にまとめた「機動警察パトレイバー the Movie」のあらすじである。ここからは帆場暎一の犯行動機を探りながら、この映画のメッセージを考えていこう。

機動警察パトレイバー the Movie」の考察–帆場暎一の犯行動機–

ここからは「機動警察パトレイバー the Movie」で発生した事件の真犯人である帆場暎一の犯行動機を探りながら、この映画のメッセージについて考えていこうと思う。最も重要なのは後藤隊長と松井刑事の発言であろう。

後藤隊長と松井刑事の発言

後藤隊長の依頼で帆場の捜査をしていた松井刑事は、帆場の住民票を頼りに彼が居住していたと思われる場所を調査して周っていた。すると、彼が居住していたと思われる場所はどこも新たな開発が行われて古い風景が失われていく場所であり、帆場はその風景をあえて松井に見せているようだった。

そんな捜査を終えた松井刑事は以下のように語っていた:

「ついこの間まで見慣れた風景があっちで朽ち果てこっちで廃墟になり、ちょっと目を話すときれいさっぱり消えちまってね。それにどんな意味があるのか考えるよりも早く。ここじゃ過去なんてものには一文の値打ちもないのかもしれんな。」

それに対して後藤隊長は、

「俺たちがこうして話してるこの場所だって、ちょっと前までは海だったんだぜ。それが数年後には、目の前のこの海に巨大な街が生まれる。でもそれだって、あっという間に一文の値打ちもない過去になるにきまってるんだ。たちの悪い冗談に付き合っているようなものさ。帆場が見せたかったのものって、そういうことなのかもしれんな。」

と応えた。

松井刑事が部下と一緒に帆場の住居跡を巡る印象的なシーンと、上の会話が示すものが基本的には帆場の犯行動機となるのだが、なぜそれが犯行動機になり得るのかということを少し考えてみよう。

帆場の犯行動機①:故郷としての東京

私は地方出身なので、当然とことながら東京という場所には原風景やノスタルジーの源泉など全くない。そんな私がついつい忘れがちなのが、東京も誰かにとっての故郷であるという当たり前の事実である。

しかし、変化を強いられる首都としての東京の様相は劇的なスピードで変わっていく。子供の頃に見た風景が全く違っていることに疑問をもつ暇もないかもしれない。

これが地方なら「自分が愛した風景が変わることに対する悲しみ」を多くの人が肯定的に捉えてくれるだろう。その地域に住んでいるかどうかに関わらず。

ところが、変わり続ける宿命を背負った東京に置いては、そういった「失われていく風景に対する悲しみ」はおそらく顧みられることは少ないように思う。何故なら、その風景が失われたほうが、絶対に生活は便利になるだろうし、そもそも東京という場所はそういう場所だと思われている。

標語的に言うなら「昨日と同じ今日を売りにするのが地方」、「今日と違う明日を売りにするのが中央」ということになるのだろう。

つまり、帆場が作為的に自分を追跡するものに見せた「一文の値打ちもない過去」とは、成長の名の基に蹂躙された人々の思い、愛着ということになる。

これを犯行動機に言い換えると「自らが愛した風景が失われていくことに対する怒りや悲しみ」ということであり、その怒りそのものが「機動警察パトレイバー the Movie」のメッセージのということになるだろう。

押井守監督自身が東京都出身ということもあり、こういった帆場有り様には十分に本音が乗っていると思われる。

これで一応 帆場暎一の「犯行動機」の説明はできてはいるのだが、多くの犠牲者を出すとんでもない犯罪計画を立てた動機が「愛した風景が失われていくことに対する怒り」では不十分に思えてならない。しかもその計画を遂行するために自殺までしている。

帆場暎一の犯行動機については、もう少しだけ考えなくてはならないことがあるだろう。

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帆場の犯行動機②:復活して神となる

帆場の犯行動機を探るに当たって重要なピースのひとつは、香貫花クランシーから後藤隊長に届いた帆場に関する調査結果である。後藤隊長は以下のように語っていた:

「ニューヨークの香貫花に、MIT時代のことについて調べてもらったんだけどさ、彼向こうじゃエホバ(E.Hoba)って呼ばれてたらしいんだ。ところがこれには後日談があってね。正確にはヤーヴェ、あるいはヤハウェと発音するのが正しい。エホバってのは誤って広まった呼び方なんだそうだ。それを聞いた帆場は狂喜したそうだよ。」

さて、帆場は何故狂喜したのだろうか?「狂喜」とは「狂ったように喜ぶ」ことであるので、自分のあだ名である「エホバ」が神の名として誤ったものであると分かった人間の反応としては不可思議である。彼は自分が神ではないことがわかったことを喜んだのだから。

一応手元にあるBlu-rayの英語字幕も確認したが「delight」という単語があてられていたので、帆場が喜んだことは間違いないと思われる。

ただ、「狂喜した」ということが事実であるので、彼は自分が人間であることを喜んだということをなんとか理解しなくてはならない。

ヒントとなるのは、後藤隊長が言及していたように、帆場があからさまに聖書からの引用を繰り返していたという事実と、彼が自殺という極端な行動をとった事実となると思う。

結論から述べるなら、彼は「死と復活」を実現することによって神になろうとしたのではないだろうか?

彼は自力で「HOS」を作り上げるほどに優秀な人物であったし、MITへの留学という経歴も彼の優秀さ故に実現できたことであると思う。そしておそらく彼はその優秀さをず~っと認識しながら生きてきた。そして、自分の名前のなかに「エホバ」が隠れていることも認識していたのである。

ところが・・・「エホバ」は誤った発音であることが明らかになった。その事実誤認は、彼にとっては明確に分かるはじめての「失敗」だったのかもしれない。

そして彼は次のように考えたのではないだろうか:

帆場暎一の考え

「エホバ」が誤った発音であったことを知らなかったことは大きな「失敗」ではあり、それは自分が完璧な存在、つまり神ではないことの証左であり残念なことではある。ただ、これまでは自意識として自分を神のように考えるしかなかったが、自分が人間である以上、「死と復活」を通じて本当に神になることがむしろ出来る。イエス・キリストのように。

誰しもが彼の優秀さを認めていただろうし、「エホバ」と呼んで持ち上げるようなことはしていたかもしれないが、誰も帆場を本当に神だとは考えていない。帆場本人だけがそう思っていたのである。しかも他者にその認識を押し付けることは困難を極めるし、普通不可能である。

ところが、自分が人間であるならば、むしろ時分の神聖を客観的なものに出来ると考えたのである。まったくもっていかれたやつだが、このように考えれば彼がわざわざ自殺した理由も説明がつく。神になるためには復活しなくてはならないが、復活するためには死ななければならない。だから彼は死んだのだ。

物語上は犯罪計画を完璧なものにするために自殺したとう形になっていたと思うが、そんなもの理由になってない。「HOS」を完成させた後にどこぞに逃げればいいし、逮捕されても黙秘すれば良いのである。台風が来るその日まで。

一方で「復活のための死」と考えれば、ひとつ合点がいくのではないだろうか。

では、彼にとっての「復活」とは何にあたるのか?

それはきっと「歴史に残る神がかり的な事件を起こし『帆場暎一』という名を永遠に歴史のなかに刻み込むこと」になるだろう。神とは永遠に語り継がれるものである。

まとめると、帆場暎一の犯行動機の本質は「自ら死を選んだ後、歴史にその名を刻む犯罪を発生させることによって復活することによって、神になること」ということになる。

この文脈で考えると、帆場が自らの生家に書き残した「He bowed the heavens also, and came down: and darkness was under his feet(エホバ天をたれてくだりたもう。御足のもと暗きことはななだし)」という言葉は彼が神として再び舞い降りることを宣言したもの。つまり、彼の犯行声明であったことが分かる。

さて、これである程度帆場暎一の犯行動機についてはわかったような気もするのだが、かつて「BSアニメ夜話」という番組に出演していた企画・メカニックデザインを担当した出渕裕氏の発言をヒントにすると、この映画はもう少し筋よく見ることが出来るようになるので、そのことについて考えていこうと思う。

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帆場の犯行動機③:怨霊としての帆場暎一と赤い目の鳥たち

「BSアニメ夜話」に出演した出渕氏は、プロデューサーを初め関係者全員で押井守を止めたエピソードとして、押井監督が「帆場暎一はという人間は初めから存在しておらず、実は元々神だった」という形にしようとしていたという証言をしていた。

これは「犯行動機②」で書いたような、「人間である帆場が神になろうとした」という立場とは明確に異なり本当に神なのである。

少々突飛な立場ではあるのだが、実は帆場が神であったほうが物語としての整合性は取りやすい

これまで帆場の犯行動機について2つの側面について書いてきた。それは、

  • 原風景としての東京が失われていことへの怒りや悲しみ、
  • 自らを神として認めさせようとする自意識、

であったが、どうにもちぐはぐである。2つの異なることを無理やりくっつけている感じが否めない。

ところが、「帆場が元々神」という立場に立つと、このちぐはぐさは一気に解消される。

「機動警察パトレイバー the Movie」で帆場は様々な形でキリスト教の聖書からの引用を繰り返すので、彼が神だとすれば直接的にはキリスト教における神「God」ということになるのだが、我が国における神とは荒ぶる神であり、それは怨霊と言ってもいい存在である(より原初的には明確に形のない自然崇拝てき神になると思うが)。

そして帆場暎一が怨霊だとするならば、それは「『一文の値打ちもない過去』として成長の名の基に蹂躙された人々の怨念の集合体」ということになるだろう。つまり「機動警察パトレイバー the Movie」は祟りを払う物語だったとも言える。

また、物語のスタートと同時に帆場が自殺してしまってそれ以降登場しないのは、帆場がそもそも実態のない存在であるからということになる。決して犯罪を完全なものにするためではない。

また、このように考えると「方舟」最上階のサブコントロールにいた大量の赤い目をした鳥たちが何を表現していたのかも分かる。もちろんそれは、蹂躙された人々の怨念であり、彼らは台風が直撃したあの夜、自分たちを蹂躙して生まれた新しい風景が壊れていくのを静かに待っていたのである。

そういう意味では、あの日、遊馬と進士がコントロールセンターの画面内に見た「ID:666 E.HOBA」本当にいたという事もできる。もちろんあれは帆場がカラスにつけたIDが反応したに過ぎないが、怨霊たちはたしかにいた。進士言った「幽霊」という表現もあながち間違っていないというか、まさにそうだったということにもなる。

何れにせよ、押井監督の暴走を止めずに「帆場暎一なんて人物初めからいなかった」にしておくのもひとつの手だったのだのではないだろうか。完全に結果論だけれども

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帆場暎一の犯行動機のまとめ

以上のことをまとめると以下のようになるだろう:

帆場暎一が事件を企てた動機は「原風景としての東京が失われていことへの怒りや悲しみ」、「自らを神として認めさせること」の2つであり、この2つがお互いに絶妙に絡み合いながら彼を具体的な行動に導いたものと思われる。彼が自殺を計ったのも、犯罪を完全なものにするという目的があった一方で、「復活のための死」という隠れた目的があったものと思われる。

その一方、「帆場暎一という人物は初めから存在していなかった」という破棄された設定をあえて復活させるならば、帆場暎一とは「原風景としての東京が失われていことへの怒りや悲しみ」の集合体としての怨霊であり、帆場の行動は祟りとみなすことも出来る。このように考えると、帆場が「自殺」という形で物語の最初で退場してしまうのも「帆場暎一という人物は初めからいなかった」ということを表現したものと考えることができる。

上記いずれの立場を取ったとしても「機動警察パトレイバー the Movie」のメッセージとは「発展や変化を無条件に是とする世情に対する批判」ということになるだろう。

色々考えたことを書いてきたけど「機動警察パトレイバー the Movie」について一番率直で素直な感想は「とてもおもしろい」だと思う。考察と称して考えることも大事だが、一番最初に見たときの「とてもおもしろい」という思いを忘れないことも大事だと思うし、その思いを忘れることはないと思う。「パトレイバー」ってほんとに面白いよね。

帆場暎一の犯行動機は何だったと思いますか?
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シフルはどうなんだい?
俺としては一応「その両方」かな。「怨霊」という立場も非常に良いとは思うが、基本的には破棄された設定を復活させなければならないからね。でも「怨霊も」いいよね~。


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北国出身横浜在住の30代独り身。日頃は教育関連の仕事をしていますが、暇な時間を使って好きな映画やアニメーションについての記事を書いています。利用したサービスや家電についても少し書いていますが・・・もう崖っぷちです。孤独で死にそうです。でもまだ生きてます。だからもう少しだけ生きてみます。
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