「もののけ姫(スタジオジブリ公式)」は1997年に公開された宮崎駿監督によるアニメーション作品である。
今回は、映画「もののけ姫」の中に感じる「ゴジラ的側面」に注目しながら、最終的にはアシタカの右腕の痣が完全にはなくならなかった理由について考えていこうと思う。
重要なフックとなるのは、「初代ゴジラ」に登場する芹沢博士の眼帯とアシタカの痣の類似である。
まずは、「もののけ姫」という物語の前提となっている「不条理」そして「解決不能な課題」について振り返っていこうと思う。
*以下で「ゴジラ」について多く言及しているが、主に想定しているのは1954年に公開された「初代ゴジラ」となっている。
この記事の内容を、AIが対話形式(ラジオ形式)で分かりやすく解説してくれます。
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宮崎駿版「ゴジラ」としての『もののけ姫』
「もののけ姫」におけるタタリ神は、人間の行いから生まれながらも理不尽に襲い来る「どうしようもない災害」の象徴であり、「初代ゴジラ」のゴジラと酷似している。物語の根底にある「不条理」や「解決不可能な課題」というテーマ性から、『もののけ姫』は宮崎駿による「ゴジラ」の再解釈と捉えることができる。 -
アシタカと芹沢博士―「不条理な傷」の類似性
アシタカが呪いで受けた右腕の痣は、「初代ゴジラ」に登場する芹沢博士が戦争で負った眼帯の傷と重なる。どちらも理不尽な「不条理」の象徴であり、内に秘めた破壊衝動の現れとして描かれ、許嫁や婚約者を失うという境遇まで共通している。 -
アシタカの痣が消えなかった理由
痣が残ったのは、この世からなくならない「解決不能な課題」の象徴であるからなのだが、自ら死を選んだ芹沢博士へのアンチテーゼとして、宮崎監督が「不条理な傷を負っても生き抜け」というメッセージを込め、アシタカに芹沢が諦めた未来を託した現れと考えることもできる。
宮崎駿版「ゴジラ」としての「もののけ姫」

「不条理」と「解決不能な課題」の象徴としての呪い、そして懸命に生きる人々
「もののけ姫」という物語のスタートは「不条理」そのものであった。
アシタカの集落は、特段そこである理由もなくタタリ神に襲撃を受け、タタリ神を退治した英雄であるはずのアシタカは「しきたり」なるものを理由に追い出されてしまう。
本来なら叫びだしたくなるほどの「不条理」を食らったアシタカは、自らを見送る許嫁カヤに満面の笑みを見せながら故郷を去る。
「不条理」と「満面の笑み」という相反する性質を持ちながら生きる姿は、「もののけ姫」に登場するすべての人に共通するものであり、そのように懸命に生きる人々の姿を描くことがこの作品の重要なテーマであったと思う。この辺のことについては以下の記事にまとめている:

そして、そのような「不条理」を我々の社会は排除することができるのだろうか?
「もののけ姫」で描かれる「不条理」とは、生まれ持った性質とか、生まれた場所とか、地震などの自然災害などの「自分の力ではどうしようもないもの」の現れである。もしかしたらテクノロジーの発達によって排除できる「不条理」となるのかもしれないのだが、そうなったらそうなったで「テクノロジーで排除してよいのか?」という問題になるだけだろう。「デザイナーベイビー」を考えればわかりやすいと思う。
つまり、我々はこの世の中に存在する「不条理」を認識することはできるのだが、その根源的な「解決策」を提示することができない。逆に言うと、決定的な「解決策」を提示できるのならそれはもはや「不条理」とは言えない。
したがって、「不条理」を描くということはそれと同時に「解決不可能な課題」を提示することになる。「もののけ姫」のラストを見ても、何かが終わった気にならないのはそのためであろう。解決不可能なものを描いてしまったのだから。
そして、「不条理」とか「解決不能な課題」というキーワードを考えていると、私はどうしても「ゴジラ」を思い出してしまう。
「どうしようもないもの」の象徴としての「ゴジラ」と「タタリ神」
「ゴジラ」といえば、1954年に公開された「怪獣映画」であり、今なお新作が制作されている。
ゴジラの持つ異形の姿と強大な力の説明は各作品微妙に異なると思われるが、少なくとも初代ゴジラについては「現在まで生きながらえていたジュラ紀から白亜紀の生物であり、度重なるビキニ環礁での水爆実験によって生息地を奪われ、放射線の影響で異形の姿と力を得た」という事になっていると思う。
つまり、基本的に初代ゴジラは「核の恐怖」の象徴ということになっており、そういう意味において「反核」「反戦」の映画ということができると思う。
その一方で、ゴジラを語る上で重要な要素は「何故ゴジラが日本に来るのかを明確には説明できない」ということがある。
「初代ゴジラ」においてはそうなっているし、「ゴジラ(1984年)」「シン・ゴジラ」「ゴジラ-1.0」といった「初代ゴジラ」の精神を受け継いだ作品は概ねその状況を踏襲していると思われる。
そして我々は、その理由にかかわらず「ゴジラ」という脅威に対応せざるを得ない。しかも、その対応は非常に困難でありいつもギリギリセーフでゴジラを退けている。大きな痛手を負って。
「ゴジラ」という存在は確かに「核の恐怖」の象徴なのだけれど、結果的には、地震や台風といった「我々の力ではどうしようもない災害の象徴」として表現されているように思われる。
そしてそのように「ゴジラ」を見てみると、「もののけ姫」における「タタリ神」は、「ゴジラ」そのものと言っていい存在だったと言えるのではないだろうか。
「もののけ姫」の「タタリ神」は以下のような性質を持つものだった:
- 「タタリ神」は人間の行動(石火矢)によって発生した。
- 「タタリ神」がアシタカの集落を襲った理由は説明ができない。
- 「タタリ神」の発生は人間の自業自得ではあるものの「降りかかる火の粉」として排除せざるを得ない。
- しかし、「タタリ神」を排除したあとには塚を築いて奉る。
「石火矢」は「水爆」と読み替えることができるだろうし、ゴジラ同様にその襲来は説明できない。「塚を築いて奉る」という行動の裏には、「タタリ神」を排除することに対する「罪の意識」があるだろう。「初代ゴジラ」や「ゴジラ(1984年)」に顕著であるが、「ゴジラ」を排除した後には説明しがたい「罪の意識」が残ってしまう。
このように「タタリ神」を宮崎版の「ゴジラ」と捉えることはそれほどおかしなことではないと思う。
そして、この記事の基本的な問題意識である「アシタカの痣が残った理由」を考える時、「初代ゴジラ」にアシタカと同じような「不条理」を食らってしまった人物がいることが思い出される。
「初代ゴジラ」の芹沢博士とその「傷」
「初代ゴジラ」には芹沢博士(芹沢大介)という重要人物が登場する。所謂「主役」とはなっていないのだが、極めて優れた科学者であった芹沢は「オキシジェン・デストロイヤー」という発明によって、最終的に「ゴジラ」を駆逐することに成功している。しかし、その作戦中、芹沢は自らの意思で「ゴジラ」と運命を共にすることを決めてしまう。
そんな芹沢博士なのだが、彼は戦争で右目を失っており常に眼帯をしている。
しかも芹沢の悲劇はそれにとどまらない。
芹沢には山根博士という研究者としての恩師がおり、その娘である恵美子と対外的には「婚約者」と見られているような状況にあった。「初代ゴジラ」の本編を見ても細かいことはわからないのだが、何もなければそのまま結婚という事になったと思われる。
しかし、映画本編において恵美子には尾形秀人(主人公)という恋人がおり、芹沢とは完全に「友人」として接している。そして尾形は本編中で以下のように語っている:
「誰にも遠慮することはないと思いながら、芹沢さんのことを考えると、どうも弱気になる。戦争さえなかったら、あんなひどい傷を受けずに済んだはずなんだ。」
尾形の言いたいことが分かるだろうか?尾形は、「芹沢から恵美子を奪ってしまった」と主張しているのである。しかも、芹沢の「負い目」を利用して。
恵美子の人生を考えれば、好きな男と一緒にいられて良かったということになるし、芹沢と望まない形でなし崩し的な結婚をせずに済んで良かったということになる(芹沢を人間的には好きだったのだろうか、結婚・恋愛となると話が違った)。そういう意味で尾形はなんら後ろめたさを感じることはないのだが、芹沢の恵美子に対する思いにも気がついていたのだろう。
しかし、芹沢の主観に思いを馳せるとなんともいたたまれない気持ちになる。つまり芹沢は、
- 優れた研究者として嘱望されており、
- 恵美子という実質的な婚約者がいたのだが、
- 戦争によって右目を失い、
- その事もあってか恵美子から身を引いてみたところ、
- 尾形という男と恵美子がねんごろになるという現実を見せつけられた。
右目を失っただけでも大きな痛手であったのに、惚れていた女も失った。そりゃあ「オキシジェン・デストロイヤー」を作っちゃうよね。彼が生きた戦後は、彼にとってそれほど希望のある世界ではなかった。
つまり「オキシジェン・デストロイヤー」とは芹沢の心のうちにある破壊衝動の象徴であり、実のところ、「ゴジラ」の存在そのものも芹沢の破壊衝動を表していると見ることもできる。「ゴジラ」は芹沢の分身であった。
しかし、芹沢はそんな自分の中にある破壊衝動と恵美子に対する恋の終焉を自覚し、自らが開発した「オキシジェン・デストロイヤー」を用いて、「ゴジラ」と心中する。
彼は「ゴジラ」と共に「憎しみ」を封印したのである。
どうだろう?「もののけ姫」における「タタリ神」、そしてアシタカとの類似を感じないだろうか?
アシタカの痣(あざ)と芹沢博士の眼帯
芹沢博士の眼帯は「戦争の痛手」を象徴しているわけだが、その象徴を芹沢本人が食らう理由などない。戦争の勃発もそれが原因で受けた傷も、まったくもって「不条理」である。
そしてそれは、アシタカが受けた呪いと、腕に残った痣と見事な類似を見せている。
そして、「破壊衝動」という観点でも類似を見ることができる。
タタラ場を訪れたアシタカは、エボシ御前からナゴの守に石火矢を放ったのは自分であると告げられる。そのシーンでアシタカの右腕が暴れ出し、刀を引き抜いてエボシ御前に斬りかかろうとする。そこでアシタカとエボシ御前は以下のように会話する:
このシーンを皆さんはどう思っただろうか?「アシタカの右腕に巣食った『ナゴの守』の怨念が、目の前にいるエボシ御前を殺そうとした」と思った人も多いと思う。
しかし、アシタカの苦しみを前提にすれば「アシタカが『呪いの力』を理由にしてエボシを殺そうとしたが、強靭な理性によってそれを押し留めた」と見るのが実のところ自然ではないだろうか。
つまり、アシタカの右腕に残った痣は、確かに呪いの象徴なのだけれど、「不条理な痛手」を受けた彼の破壊衝動の現れと見ることもできる。
「アシタカの痣」と「芹沢博士の眼帯」はその「破壊衝動」を象徴するという意味において同じものと見ることができるだろう。
「もののけ姫」のスタートを思い返してみれば、芹沢が恵美子を失ったように、アシタカはカヤを失っている。見事な類似ではないだろうか?
アシタカの痣が消えずに残った理由の考察

補助線:「人魚姫」と「崖の上のポニョ」
わずかに話はズレるのだが、「崖の上のポニョ」について振り返ろうと思う。
「ジブリの教科書15 崖の上のポニョ(PR)」に掲載されているインタビューで、宮崎監督は以下のように語っている:
「九歳の時にアンデルセンの『人魚姫』を読んだんです。あの話は、最後に人魚姫は魂がないからと言って、泡になってしまうでしょう。それがぜんぜん納得できなくて、いまだああいうキリスト教的な考え方は許せない気がしていたんです。
~中略~
だから今回はそういう愛をハッピーエンドとして描いてみようと思いました。ハッピーエンドかどうかは見る人にとって受け取り方は違うでしょうけれども」
上のインタビューの通り、「崖の上のポニョ」のラストにポニョは泡と消えることはなく、宗介と結ばれるエンディングとなっている。
このような「エンディングの改変」を宮崎駿が常習的にやっているということを主張したい訳では無いが、一つ例があることは事実である。
そして「もののけ姫」においても、宮崎駿は同じことをしたのではないだろうか?
アシタカの痣は何故消えずに残ってしまったのか-去ることのなかった芹沢大介-
「解決不能な課題」というテーマの宿命
アシタカの痣が残った理由の一つはもちろん、「もののけ姫」のテーマの一つである「解決不能な課題」の象徴であったからであろう。
アシタカの痣は「不条理」の象徴であり、それがラスト消えてしまっては、「なんかよくわかんないけど、頑張ったら治ったよ!」という間抜けで無責任な終わり方となってしまう。そんなことなら「解決不能な課題」など描かなければよいのである。
それでもなおアシタカの痣が薄くなったのは、宮崎駿が描いた未来への願いであろう。「現時点では解決策は見えないが、いつかは解決できるかもしれない。そして、それを信じて懸命に生きよう」と宮崎駿は訴えたのではないだろうか。
「初代ゴジラ」のやり直し
アシタカの痣について、「消えなかった」と考えれば残念だが、「薄くなった」と考えれば、上に述べたように僅かな願いが見える。
そして、「アシタカと芹沢博士の類似」を考える時、その「願い」はより強烈な「主張」のようにも見える。つまり、
芹沢!なんで死んじゃったんだよ!なんでこの世界を諦めたんだよ!それでも生き抜いてくれよ!俺はアシタカを殺したりはしない!アシタカにはお前が諦めた未来を見せる!
と、言っているように見える。もちろんこれは私の勝手な想像であり、この想像をサポートしてくれる宮崎駿の発言などない。というよりも、ひどく私個人の思いである。
しかし、このような思いがあったと考える必然性もこの記事で説明できたと思う。
宮崎駿の思いを勝手に想像することは良くないことなのだが、この記事で書いたことを考えると「初代ゴジラ」そして「もののけ姫」の双方を別の目線で楽しむことができるのではないだろうか。
そのように信ずるものである。以上!

この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。
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