「海がきこえる(スタジオジブリ公式)」は1995年に公開された近藤喜文監督による劇場用アニメーション作品である
今回は本編中に登場した個人的名言、名台詞を集めてみた。台詞という形で「海がきこえる」を振り返ってみると、やはりこの物語は「自分に嘘をつく物語」なのだと思う。登場人物が少しずつ自分の内面に嘘をつくことによって起こる小さなすれ違いや大きな遠回りが、この作品の面白さの一つだと思う。
また、名言や名台詞は通常とは異なる言い回しが用いられることも多く「英語でどう言ってるんだろう?」と疑問に思ったことがあったので、英語表現についても調べてみた。ちなみに「海がきこえる」の英題は・・・
である。
*以下の英語表現は市販のBlu-rayの英語字幕をもとにしています。
「海がきこえる」の名言、名台詞と英語表現
杜崎拓の名言、名台詞と英語表現

「松野が里伽子に魅かれているのを知って僕は理不尽に腹立たしかった。やめちょきや。女はどうせ男の表面しか見んがよ。」「女なんぞにお前のよさは解りゃせんと。」
英語表現It really irritated me when I realized that Yutaka was interested in Rikako. Better forget it! Girls only care about looks. I thought she’d never see his real value.
It really irritated me when I realized that Yutaka was interested in Rikako. Better forget it! Girls only care about looks. I thought she’d never see his real value.
夏休みの講習を終えた松野がわざわざ自分を呼び出した理由にピンときた杜崎のモノローグ。
最初のポイントは「理不尽に」という表現だろう。
普通に考えるならば「特に理由もないのに」とか「自分になんの不利益も与えないのに」ということになるだろうか。つまり、松野が里伽子に惹かれているという事実は杜崎になんの不利益も与えないのに腹立たしかったということになる。
そして次のポイントは「腹立たしかった」という表現。
通常「腹立たしい」のはなにか自分にとって都合の悪いことが起こったことが理由になっている。しかしこの場合本人も「理不尽」といっているし、客観的に見ても彼に都合の悪いことはない。つまり・・・彼の中に生まれた「腹立たしい」という攻撃性は、自分の中にある「なにか」を押しつぶすために生まれたものに違いない。
もちろん彼が押しつぶそうとした「なにか」とは「武藤里伽子への思い」である。
彼自身も松野同様、武藤に一目惚れしてしまっていたのだが、その事実を先に告げられてしまった形になってしまい反射的にその思いを隠そうとしたのだろう。
結局はこの瞬間に思いを押し殺してしまったがゆえに、高校生活の後半戦で松野と疎遠になってしまったことになる。素直な思いを隠して良いことなどない。
もちろん私にも似たような思い出はあるが。
英語表現としては「irritate」だろうか。「irritate」は「いらいらさせる」、「怒らせる」という意味になる。残念ながらいちばん大事な「理不尽に」というニュアンスが出ていないような気がするが、字幕という性質上しょうがないのかもしれない。
ちなみにこの場合の「理不尽に」は「unreasonably」が一応訳語として成立するものと思われる。
「あぁ、やっぱり僕は好きなんや…そう感じていた。」
英語表現And that’s when I knew – I’d always been crazy about her.
And that’s when I knew – I’d always been crazy about her.
上の台詞が自分の本音を隠すものであったのに対して、最後の最後のモノローグは極めて素直で美しかった。
この一言をもっと早く言えたなら、松野と疎遠になることもなかったかもしれないし、高校時代に里伽子と青春を謳歌できたかもしれない。返す返すも素直な思いを隠して良いことなどない。
しかも、この作品のモノローグは高校卒業後の杜崎のモノローグであるわけだから、素直な自分を認めるのに随分とかかっていたことになる。松野にぶん殴られてすら彼は素直になれず、彼と疎遠になってしまったという「悲劇」に甘えて里伽子へ思いを隠していたことになる。
その間に里伽子が心変わりをしなかったことは、彼にとって幸運なことだった。ただ・・・運が良かっただけだぞ!杜崎!
英語表現としては「crazy about~」だろう。意味合いとしては「~に夢中」という意味になる。「crazy for~」でも意味は変わらない。
もう一つのポイントは過去完了形を使っていることだろう。日本語の台詞を鑑みると「I noticed I liked her.」くらいの表現にしてしまいそうだが、英語字幕は「ず~っと里伽子に夢中だったのだと気がついた」という意味合いになっており、日本語で省略されているニュアンスが見事に出ているのではないだろうか。
ちなみに、「And that’s when」で「その時」となる。
武藤里伽子の名言、名台詞と英語表現

「私、生理の初日が重いの。貧血起こして寝込むこともあるのよ。」
英語表現My period just started. Sometimes it’s really bad.
My period just started. Sometimes it’s really bad.
小浜に呼び出された杜崎に里伽子が放った言葉。あからさまな攻撃性を持った言葉だが、あの瞬間、里伽子の目には杜崎が自らの計画を阻止する敵に見えていたのだろう。
ただ、杜崎が計画を阻止するどころか自らの東京旅行についてきてくれることがわかった途端に里伽子はその態度を変えた。
この態度の急変はどういうことだったのだろうか?
里伽子の最初期の計画では、小浜と大阪にコンサートに向かい2泊すると嘘をこいて東京に向かうというものだった。里伽子の母親も小浜も一緒なら良いということで許可をくれていたということだったので、小浜の存在は母親の許可を取り付けるという点において本質的だった。
しかし事の顛末として、結局小浜は杜崎の提案で体調が悪くなったと帰宅しており、里伽子は一人で東京へ向かうことになった。
自分の計画が壊されたことに腹を立てたということもあり得るし、実際腹は立っていたのだろう。しかし、基本的に東京に行くためのハードルは超えているので、杜崎に対してあそこまで攻撃的な態度を取る必要はない。とっとと東京に行ってしまえば良いのである。
ということは、里伽子の攻撃的な態度には他に理由があったことになる。
簡単に言ってしまえばそれは「不安」であろう。
杜崎や松野、そして小浜に比べると、なにやら大人びた雰囲気を醸し出してはいるものの、母に嘘をついていることや父親に会うことに対する不安が明確に彼女に中にあった。なんやかんやとまだ子供だったということだろう。
そしてその不安を隠しきろうとする思いが攻撃性として表に出たということになると思われる。
我々も自分がなにか攻撃的になっているときには、自分の中にある「不安」と向き合ってみるべきなのかもしれない。
英語としてはやはり「period」だろう。医学用語としての「生理」は「menstruation」や「menses」になる。語感的には「月経」といったほうが近いかもしれない。
つまり「period」はある種の婉曲表現となっていることになる。更に遠回しの表現としては「time of the month」などの表現もある。
「私・・・高知も嫌いだし、高知弁喋る男も大嫌い!まるで恋愛の対象にならないし、そんなこといわれるとゾッとすするわ!」
英語表現Look – I hate Kochi, and boys who speak Kochi dialect! Don’t say that to me ! It makes me sick!
Look – I hate Kochi, and boys who speak Kochi dialect! Don’t say that to me ! It makes me sick!
図書館の帰り道、松野からの不意の告白に対して里伽子が放った言葉。
まったく想定していなかったことで動揺したとうこともあるのだろうが「ゾットする」は流石にひどかったのではないだろうか。成績が下る程度でなんとかなった松野の精神力は想像を絶する。
ただ・・・上の「生理発言」もそうだが、他者への攻撃は自分の内面を隠蔽するために行われる。つまり、松野に告白された瞬間に、武藤の中に杜崎への思いがむしろ明確になり始めてしまったのではないだろうか。そしてその思いをうまく処理できなかったがゆえに「ゾットする」などと思ってもいないことを発言してしまったのである。
松野は図らずも杜崎に完璧なパスをしたことになる。
最終的に里伽子に中で杜崎への思いが決定的になったのは、文化祭の最中に同級生に囲まれていた自分を見て見ぬふりをしていた杜崎を殴ったときだと個人的には思っている(以下の記事参照)。

ただ、松野の告白がなければそれもなかったかもしれない。この作品中松野は空回るピエロであった。でも、おそらく京都大学に入ったと思われるから、それでも良いことにしよう。頑張ったな!松野!
英語表現としては「It makes me sick.」だろう。悪い表現というのは英語になっても語感が酷い。単に「ゾットする」なら「feel creepy」 というのもある。「It makes me sick」と「It makes me feel creepy」のどちらが酷いかは分からないが、何れにせよ酷い。やっぱり松野の鋼鉄のハートは称賛に値する。
松野豊の名言、名台詞と英語表現

「あの時 俺が怒ったがは、お前が俺に遠慮しよったのがわかったきぞ。あの時まで気がつかんかった…。お前が武藤を好きやったこと。」
英語表現I was angry that time … because I knew you were holding back on my account. I hadn’t noticed ‘til then … that you really liked Rikako.
I was angry that time … because I knew you were holding back on my account. I hadn’t noticed ‘til then … that you really liked Rikako.
「遠慮」という言葉はなんとも松野らしい婉曲表現である。実際にあそこで松野が感じたのは、余裕をぶっこいた杜崎の上から目線であり、自分の劣等感であり、敗北感である。
そこでぐっと堪えず杜崎を殴るあたりは、松野はなんとも「素直」な人物であるとも言えるし、その部分では自分の内面に嘘を付き続けた杜崎や里伽子とは全く異なる人物であった。
ただ、「遠慮」という婉曲表現を彼がついた唯一の嘘と考えると、結局中心人物三人がことごとく嘘をこき続けた物語ということになるのではないだろうか。松野の嘘はなんとも美しい嘘だったが。
英語表現としてはまず「hold back」だろう。「hold back」で「隠す」とか「はばかる」と言った意味で「Don’t hold back」で「遠慮しないで」となる。ビジネスメール等では「Please don’t hesitate to ~」をよく目にすると思うが、よりくだけた表現ということになるだろう。「on my account」は文字通り「私のアカウントで」とか「私の口座で」となるが「私のため」という意味も持つ。「Don’t wait on my account.」で「私のために待たないで」となる。
また、我々日本人が間違いがちな「過去完了形」の「I hadn’t noticed」が用いられていることも重要だろう。松野が杜崎の思いに気づいたのは過去のある瞬間であって、気づいていなかったのはそれまでずっとということになるので過去完了形を使わなくてはならない。
時制というのはどうも我々日本人にはなじまない。
小浜祐実の名言、名台詞と英語表現

「あっ、そういうたら里伽子、東京に会いたい人がおる言うて、言いよったよ」「けんど、ようわからんがよ。誰にあうがあ言うても、お風呂で寝る人やと」
英語表現That reminds me… she said there’s someone in Tokyo she wants to see. But she didn’t say who. It’s someone who likes to sleep in bathtubs!
That reminds me… she said there’s someone in Tokyo she wants to see. But she didn’t say who. It’s someone who likes to sleep in bathtubs!
同窓会の後、杜崎、松野らと高知城を見ながら小浜が何気なく事実として語った台詞。
延々と嘘を付き続けた杜崎のモノローグが、小浜のこの台詞の後から突如素直になり、「里伽子と高知城を見たかった」だの「里伽子のことが好きだ」と言い始めている。
小浜の言葉によって自らが完全に安全圏に入って安心したということだろう。
東京旅行の件についてもそうだったが、この小浜祐実なる人物は極めてナチュラルに、何の思惑もなく杜崎拓に完璧なパスを出し続けている。
完全に恋のキューピットである。
松野に敗因があるとすれば、それは小浜祐実が自らのもとに降り立たなかったということしかないのかもしれない。無邪気なキューピットも困ったものである。
彼女は自らが杜崎に出したキラーパスの存在に、永遠に気がつくことはないのだろう。とりあえず松野に謝ってこい!
英語表現としては「That reminds me~」だろう。意味としては「~を思い出す。」という意味になる。基本的には直前にあった何かによって何かを思い出した時に使う表現である。
このシーンでは松野たちが武藤の話をしていたので、その事によって思い出したという意味で「That reminds me」を用いている。
杜崎のお母さんの名言、名台詞と英語表現

「そういうもんじゃないわね、母親やったら。子供も一緒に連れていきたいもんぞね。」「色々あって実家に帰るゆうがは大変じゃき。そんな時に受験がどうのこうのって、子供を残しちょけるもんかね!何があっても一緒に連れてくらあね。」
英語表現‘Now don’t talk like that! A mother needs her children with her!’ ‘Relocating is a tough decision! She can’t leave them behind just for school! It’s natural for her to want them with her!’
‘Now don’t talk like that! A mother needs her children with her!’ ‘Relocating is a tough decision! She can’t leave them behind just for school! It’s natural for her to want them with her!’
杜崎が自宅での夕食時、なんの気なしにつぶやいた「武藤も可愛そうじゃな、あればぁ成績がよかったらどうせ東京の方に進学するがやろうに。親の都合で子供はムゴイもんじゃ。」という言葉に強烈に反応した母親の言葉。
このシーンだけなら「親の心子知らず」を表すもので終わったのだが、ここでの母親の台詞は杜崎を絶妙に大人にしていた。結果として、東京旅行で武藤の元彼との三者会談を行った際、子供としての立場しか語らない武藤や元彼を叱りつけるに至った。
あの一撃で武藤も「目が覚めた」に違いない。自分が随分と狭い世界でものを考えていた事に気付かされ何かが変わった。
それだけで武藤が杜崎に惚れたということはないかもしれないが、極めて重要なイベントであったことは間違いない。杜崎拓は永遠に母親に頭が上がらないだろう。
英語表現としては特におもしろいものはないように思われるが、字幕ということもあってお母さんのお母さんらしさみたいなものは完全に削ぎ落とされてエッセンスを抽出したものになっている。
ただ英作文という点では重要なことなので参考になるとも言える。

この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。
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