【かぐや姫の物語】御門(みかど)のアゴはなぜ鋭利なのか?「ハプスブルク家の顎」から読み解く血統の呪いと、高畑勲の残酷な演出
「かぐや姫の物語(スタジオジブリ公式)」は2013年に公開された高畑勲監督による劇場用アニメーション作品である。
さて、この作品を観た人の99%が、物語の終盤で同じ感想を抱いたのではないだろうか。
「御門(みかど)のアゴ、アゴすぎるな」
と。感動的なラストに向かう重要な局面で登場する、この国で最も高貴な御方。しかし、その顔面デザインのインパクトがあまりに強すぎて、物語の内容が入ってこなかったという人も多いだろう。
ネット上では「アゴ」だの「凶器」だのとネタにされがちなこのデザインだが、世界史的に見ると中世ヨーロッパで絶大な権力を誇ったある一族の名前を思い出してしまう。
そう、「ハプスブルク家」である。
今回は、「かぐや姫の物語」における御門をあのようなデザインとして描かれた理由(高畑監督の意図)を「ハプスブルク家の顎」という歴史的事実と、公式が明らかにしているキャラクター設定から読み解いていこうと思う。
世界史に見る「高貴なアゴ」の真実
ハプスブルク家の顎(下顎前突症)
あのアゴを見て「作画崩壊ww」と笑うのは簡単だが、歴史的に見れば「高貴な血筋ゆえのアゴ」は実在した。
その代表例が、中世から近世にかけてヨーロッパの王室に君臨した名門貴族「ハプスブルク家」である。教科書でマリー・アントワネットの実家として習った人もいるだろう。
彼らの肖像画を見てみると、ある奇妙な共通点に気づく。多くの人物が、極端に長い下顎を持っているのだ。これは医学的には「下顎前突症」と呼ばれる特徴であり、歴史的にはそのまま「ハプスブルクの顎(Habsburg Jaw)」と呼ばれている。
特に有名なのが、スペイン・ハプスブルク家最後の王「カルロス2世」の肖像画である。彼のアゴはあまりに突出しており、上下の歯を噛み合わせることができず、食事をとるのも困難だったと言われている。
なぜ彼らのアゴは伸びたのか?
そんな「ハプスブルク家」だが、なぜ、彼らのアゴはあのように伸びてしまったのだろうか。
その理由は、彼らが「高貴な血」を守ろうとしたことにある。権力と財産が外部に流出するのを防ぐため、彼らは何代にも渡って「近親婚」を繰り返した。
おじと姪、いとこ同士といった狭い血縁関係の中で結婚を繰り返した結果、劣性遺伝の影響が強く現れ、特徴的なアゴの形状が継承され、強調されていったとされている。
近年の研究でも、この「顎の変形」と「近親婚」には明確な相関関係があることが改めて指摘されている。
つまり、あのアゴは「閉ざされた血統」の証明であり、純血を守るために支払った代償そのものだったのである。
参考
- 「顎全体が異常に突き出し、上下の歯がかみ合わず、食事にも苦労していた…」。“近親婚”を繰り返した「ハプスブルク家の呪われた王」は、どれほどの近親交配だったのか | ダイヤモンド・オンライン
- What was the Habsburg jaw?|HISTORY EXTRA
公式が語る「御門のアゴ」衝撃の真実
「最もきれいな顔」と「バランス崩壊」
上で述べたように「ハプスブルク家」を知っていると、あの御門の姿を見るとどうしてもそれを思い出してしまうのだが、御門のデザインはどのように実現されたのだろうか?
この点について、金曜ロードショーのX公式アカウントが、キャラクター設定に関する極めて重要な事実を投稿してくれている。
御門(みかど)はかぐや姫の噂を聞き、姫を宮仕えさせようとします。キャラクター設定の際、最もきれいな顔にしたいと考えたそうですが、高畑監督の「美男だけど一ヶ所バランスを崩してみたらどうか。たとえばアゴとか」という言葉で今の容姿に。さすが高畑勲監督ですー?? #御門 #アゴ #御門誕生の秘密 pic.twitter.com/dckSJBJBaK
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) May 18, 2018
御門は最初からあのようなデザイン案だったわけではなく、「最もきれいな顔(美男子)」となるはずだった。
「ジ・アート・オブ かぐや姫の物語(PR)」においても、人物造形を担当した田辺修氏は以下のように語っている(金曜ロードショーの公式アカウントのポストは以下の発言が元になっていると思われる)。
最もきれいな顔にしたくて、一時は石作皇子として描いたキャラを御門にしようかとも考えたのですが、悩んでいたところ、高畑さんが「美男だけど一ヶ所バランスを崩してみたらどうか、たとえばアゴとか」と言われ、このように決まりました。
つまり、「究極の美男子」を描こうとし、そこに高畑監督が「アゴ」というノイズを混ぜ込んだ結果、あのデザインが誕生したことになる。
このように、実際の制作現場で御門のデザインに「ハプスブルク家」が影響を与えたということはないように見える。
しかしだ、美男子として描こうと悩んでいるところにわざわざ「アゴ」というキーワードを出したことについては、高畑勲の「悪意」があったとどうしても考えてしまう。
高畑勲の残酷な演出と「血の呪い」
自分では「完璧」だと思っている
御門本人は、自分の顔を鏡で見ても「美しい」と思っている存在と設定されていると思われる。元々が「最もきれいな顔」だったからね。
しかし、高畑監督の指示によって「アゴのバランス」だけが崩されている。これにより、客観的に見る我々(そしてかぐや姫)からは、妙に違和感のある存在として捉えられることになるだろう。
「私は美しい。私のものになるのが女の幸せだ」
そう信じて疑わない御門の自信と、実際に見えているアゴの鋭利さのギャップ。これこそが、「自分たちの論理だけで生きている、閉ざされた世界の住人」のもつ特殊さを表現しているのではないだろうか。
翁についてもそうなのだが、この作品に登場する人物は実のところかぐや姫以外はあの時代の常識で動いているに過ぎない。御門についても、本人としては何の悪気もないし、時代性を考えれば当然のことだったかも知れない(原作の「竹取物語」では見事に「良い仲」になっているしね)。
しかし、あの世界に落とされたかぐや姫(異世界の住人であり、現代人とも言えるような存在)の視点に立てばあのように感じるという「表現」なのだろうとは思う。
アゴは「凶器」である
そう考えると、あの「ハプスブルク家の顎」との類似性も、偶然の一致とは思えなくなってくる。
高畑勲ほどのインテリが、高貴な血筋の象徴としての「ハプスブルク家」、そして、「バランスの崩れたアゴ」を知らなかった訳が無い。直接的な言及はないものの、高貴な存在に対して「アゴ」というキーワードを出せば「・・・分かるよね」という阿吽の呼吸で意図が伝わると考えたのではないだろうか(もちろん私の想像であり妄想ですよ)。
そして、「閉ざされた世界の住人」という意味合いを、アニメーション表現としてあのアゴに集約させた。
物語の終盤、かぐや姫を背後から抱きすくめるシーンで、あのアゴはもはや顔の一部ではなく、かぐや姫を逃さないための「檻」や「凶器」として機能している。
「誰も私を拒めない」という権力の暴力性を、あのアゴの鋭利さに象徴させているのではないだろうか。
まとめ:笑い事ではないロングアゴーなアゴ
我々は御門のアゴを見て「なんだこれww」と先ずは笑ってしまう。
「美男子である」という前提に、「アゴ」という一点に極端な特徴を混ぜることによって、高畑勲監督は「高貴であることの閉塞感」を可視化しようと試みたと見ることができるだろう。
そう考えると、あのアゴは決して作画崩壊や設定ミスなどではなく、アニメーション史上、最も計算され尽くした「権力」のデザインと言っても良いかも知れない(そうなのか?)。
まあ、それでもやっぱり、見れば見るほどアゴなんですけどね。
以上、御門のアゴにまつわる高畑勲監督の意図に関する考察でございました。ただただ状況証拠だけを集めてツギハギした都市伝説的考察となりましたが、信じるか信じないかは、あなたのアゴ次第です。
この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。
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