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高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。」の内容とその面白さ

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「高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~」は2013年にWOWOWで放送された高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」の制作ドキュメンタリーで、1年後の2014年にBlu-rayとDVDが発売された(Blu-rayは1枚、DVDは2枚組)。

本編は2011年5月5日から約2年半に渡る取材がもとになっている。

本編は約201分となっており、「もののけ姫はこうして生まれた。」の6時間40分、「ポニョはこうして生まれた。」の12時間32分に比べると見劣りがしてしまうが、十分に満足できる内容となっている(とういうより「もののけ」と「ポニョ」が異例に長いのだ)。

今回はそんな制作ドキュメンタリー「高畑勲、かぐや姫の物語をつくる。」の内容を振り返りながらそのおもしろポイントを語っていきたい。

「かぐや姫の物語」や高畑作品が好きな人はもちろん、ジブリ作品が好きな人にとって必携のドキュメンタリーである。

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高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。」の内容まとめ

「高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。」は大きく分けて「挑戦編」、「完成編」の二部構成となっており、「挑戦編」主に

  • 朝倉あき、地井武男、宮本信子らメインキャストのプレスコの様子。
  • プロデューサー西村義明と高畑監督の映画製作に至るまでの経緯
  • 田辺修と高畑監督による絵コンテ作業
  • 特殊な原画作業と仕上げの様子
  • 制作の遅れと公開延期までの経緯

で構成されている。

すべてのシーンが面白いのだが、プレスコの様子は細かく描写されている。

このドキュメンタリーを見るまで「先に声を取れるからアフレコより楽そうでいいな~!」と呑気に考えていたのだが、そんなわけがないことが嫌というほどわかる映像となっている。

また、原画作業も「消しの後や迷い線も効果」とされる特殊なものであったことがわかる。アニメーターの中にはあえて「迷い線」を描いた人もいたほどで、大変に苦労していたことが分かる。日本最高峰のアニメーターの方々が。

また、「完成編」は

  • 久石譲への映画音楽依頼までの経緯と打ち合わせ。
  • 二階堂和美に主題歌を依頼する経緯と歌詞の修正依頼、録音の様子
  • 制作の遅れにも関わらず「短くできない」と苦悩する高畑監督の姿
  • 宣伝戦略
  • 「風立ちぬ」を見た高畑監督の様子と「宮崎駿評」
  • 完成までの追い込みと初号試写

などが映し出されている

序盤と終盤で音楽に関することが映し出されているのだが、二階堂さんによる主題歌「命の記憶」が酷く高畑監督の心を掴んでいる様子がわかる。実際ドキュメンタリー本編の中で、

「歌はいいね 本当によかった 最高の歌で 本当に」

「映画はこんなに優しくないね これで(この曲で)救ってもらおう」

と語っている。私自身も映画を見たときにエンディングで流れたこの曲に胸を打たれた記憶があるが、なんとこの曲を制作していた期間に二階堂さんは妊娠していた。本当に思いのこもった曲だったのだね。

また、映画制作の遅れを取り戻すためになんとか映画を短くできないかとプロデューサーの西村さん策謀を練るのだが、結局それがうまく行かない様子が映し出されており、高畑監督と仕事をすることの大変さが分かる。西村さんも納得していたようではあるが、結局とうしょの公開日からずれ込んでしまったことには忸怩たる思いがあったようにも見える。

ジブリの教科書8 平成狸合戦ぽんぽこ」を読むと、「ぽんぽこ」の時には公開日に間に合わすためにラストの絵コンテが変更されたことが分かる。

高畑監督も公開日に間に合わせることをなんとも思っていないことが分かるが「かぐや姫の物語」についてはどうしても切るところがなかったということなのだろう。

個人的には「ぽんぽこ」も変更せずに公開してほしかったという思いはあるが、高畑勲の絵コンテを好き好んで変更するなんてことはあるはずがないから、当時のプロデューサーであった鈴木敏夫さんとしても断腸の思いだっただろう。

また、映画を「宣伝」することに関する西村プロデューサーのある種の葛藤も見て取れ、「集客」と「作品性」をどうしても天秤にかけなくてはならない「宣伝」の持つ苦しさが伝わってくる。人を呼べる予告映像が必ずしも作品性を助けるとは限らないし、個人的な感覚としては概ね作品を傷つけてしまう(特にいらぬ「先入観」をあたえてしまうため)。でも宣伝しなくてはならない。この辺は非常に難しいところだね。

最終的にはなんとか制作の遅れを取り戻し初号試写にたどり着くまでが映し出されるが、映画制作現場の「怒涛さ」が感じら、とても興味深いないようとなっている。


以上がこのドキュメンタリーの基本的な内容となるが、ここからはもう少しポイントを絞ってこのドキュメンタリーの面白さを語っていこうと思う。

   

高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。」のおもしろポイント

ここからは「高畑勲、かぐや姫の物語をつくる。」の面白さや見どころをいくつか抽出して紹介していく。

実際見どころはたくさんあるのだが、声優を務めた地井武男さんや朝倉あきさんが苦労する様子は見ていてハラハラするものがあったので、とりあえずそこから紹介していこうと思う。

困惑する地井武男

ドキュメンタリーの冒頭、台本を読み込み自分なりの翁を本読みの場で披露した地井武男さんは録音演出の浅梨なおこさんから次のように指摘を受ける:

「すごく大真面目にやったのにうわずってしまった というのをことらとしてはただ感じたいだけ みたいなことなので あの それをお作りいただくということではない気がします」

また、実際にプレスコが始まる直前、高畑監督は地井武男さんに再び以下のように語った:

地井さんにお願いする一つはですね どうやっても おそらく そのあったかみっていうのが消えないだろうという 気持ちがあるわけですよ。ようするに 良い人さっていうのは その 「良い人ですよ」っていうことを出さなくても それが出ちゃう そこに期待しているわけですね。

高畑監督は一見いい事を言っているようにも見えるが、これらのことをまとめると「何もしないでください」という事になるだろう。

私達のような「普通の人」がこれを言われたなら「なるほど、私の声がほしいだけなのですね。承知いたしました」となるのだろうが、地井武男は俳優である。通常は自らの演技、芝居を要求されたと思うだろうし、本来そうあるべきだろう。上記のような要求に対して少なくとも本読みの段階では「ちょっと考えて・・・どうしていいか分からない」と困惑した様子であった。

ただその一方で、それでいて何も注文がないかといえばそうでもないことが映像を見るとわかる。実際、「もっとはずんで」「もっとムキになってください」などという指摘を受けている。つまり地井武男さんは「『何もするな』VS『これをしろ』」という究極の矛盾と戦う事になる。

それでも懸命に高畑監督の要求に応え続ける姿はまさに俳優であった。やはり俳優業って普通の人にできる仕事ではないな。無限に続くダメ出しに対応し続けていたら途中でおかしくなっちゃうよ。まったく持ってりっぱな姿であった。

苦悩する朝倉あき

さて、翁やくの地井武男さんが「困惑」の中にあったとするならば、主人公かぐや姫を演じた朝倉あきさんは「苦悩」の中にあった。

ドキュメンタリー冒頭の本読みの段階では、朝倉さんが準備してきたかぐや姫の演技を高畑監督は「姫 よくできましたね」と評していたのだが、実際のプレスコが始まると状況は一気に変わってしまう。

問題となったのは物語のラスト、月の使者を前にかぐや姫が発した「帰りたくない」という台詞だった。

この台詞の朝倉さんの演技について高畑監督は以下のように反応していた:

  • ちょっとこもった方がいい
  • ぱっと開放してしまっている
  • 人に「帰りたくない」ということを伝えるのではなく、自分の気持として
*複数回のトライに対する反応を列挙

ドキュメンタリーを見ていても、高畑監督の不満のポイントは見えにくいのだが、音響監督の浅利さんの以下の言葉に僅かなヒントがある:

結論は、姫のわがままでいいじゃんって話になったじゃん。自分勝手に生きてるやつだったんだよこいつって初めなったじゃん。だから捨丸に対してもドライでいいんじゃないのって話をしたじゃん

これは別の台詞のときに朝倉さんに語られたことだったのだが、この「自分勝手」というキーワードを鑑みると、やり直しが続いた「帰りたくない」という台詞のニュアンスは本来以下のようなものだったのだろう:

「おい、もう帰るのかよ。まだ地球観光終わりたくねえよ!やりてえ事もまだあんだよ!ああ、帰りたくねえ」

いずれにしても、絵もできていないでイマジネーションを膨らませながら演技をしなくてはならないのだから本当に大変である。

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心象表現としてのアニメーション

ドキュメンタリー中で高畑監督は以下のように語っている:

「完成がじゃないんだ ということ 本物だという以前に 本物ですよとか 裏を見てくださいという以前に これは完成していない とりあえず描きとめたものなんだ たとえばこの子はこういう気持ちになっているから それをささっと描きとめたらこうなった ちょっと伸びたかもしれない でもこういう感じだった というような画になっているからね あの手法が非常に大事 鉛筆がざっざっと途切れたり 塗り残しがあるとかね 未完成 完璧に捉えましたていうんじゃなく 今気分でぱっと捉えたんですよてさ・・・」

高畑監督はある種のパッケージ化された「商品」を作ることがどうしても嫌だったのだろう。「かぐや姫の物語」はある種のドキュメンタリーであることを超えてなんとかして「心象」を捉えようとしている。

そしてそれは「仕上げ(彩色)」においても徹底されており、「かぐや姫の物語」においては統一された「色指定」が存在していない。いちいちすべてのカットで色が検討されている(6時間に及んだこともあったそうな)。

そのため、あるカットとその直後のカットで微妙に色が異なっているという状況すら生まれている。

アニメーションの世界を「事実」と捉えることを大前提に、「それがどう見えたのか」ということを表現しようとしていたのである(なんとも複雑な構造!)。

そんなことを総カットの1423回行われていたのであり、背景美術にも徹底される。そりゃあ制作が遅れるよ。

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ハヤオの引退宣言

「かぐや姫の物語」より遅く制作が始まったのにもかかわらず、それを通り越して「風立ちぬ」が完成している。

そしてよく知られているように、宮崎駿はその後わざわざ記者会見まで開いて「引退宣言」を行った。

その引退の考えが内々に「かぐや姫の物語」の制作スタッフにも伝わる様子が映し出されているのだが・・・

このドキュメンタリーを見ているとあれは宮崎監督が高畑監督を急かすためにやったことではないかと勘ぐりたくなってくる。

実際「宮崎駿引退」の方がスタッフに伝えられたのは制作の遅れがいよいよ申告になり西村プロデューサーが会議のシーンで「打つ手なし」と発言するに至ったタイミングとなっているし、その後で高畑監督と宮崎監督が会話をしているシーンではまだ40%も色がついてないかっとがあったという事実が語られている(当初の予定では「風立ちぬ」と同時公開だったことを考えれば驚異的な遅さである)。

もちろん高畑監督を急かすためだけに引退宣言をすることなど通常は考えられない。ただ、そんなとんでもないことをしでかしかねないほど、宮崎監督の高畑勲への愛憎は深く歪んでいる(この愛憎については鈴木敏夫さんがなんとも饒舌にいろんなところで語っている)。

この二人の関係は本当に興味深いものとなっている。

宮崎監督の引退宣言の後に、宮崎監督のアトリエで、鈴木敏夫さんを交えて三人で談笑してる様子もうつしだされているが、はっきり言ってその様子見るだけでもこのドキュメンタリーは意義深い。三人の微妙な関係性が極めて短い会話の中に凝縮されている。

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煙草を吸いたい高畑勲

宮崎駿や鈴木敏夫はヘビースモーカーとしてよく知られているが、高畑監督そうだった。

しかし、高畑監督の健康を心配した二人が-自分たちのことは棚に上げて-高畑に禁煙を勧めたそうなのだが、実際にその禁煙は実現されておりドキュメンタリーの中でも煙草は吸っていない。

しかし・・・映画が完成し初号試写を終えた高畑監督は「煙草すいたくなったな」と発言し、このドキュメンタリーその一言をもって終焉を迎える。

私はビールをこよなく愛しているが、煙草は吸わない。したがって煙草を吸う人の気持ちは分からないのだが、あのシーンを見るといつもある種の羨ましさを感じてしまう。「ああ、こんんあときに煙草ってすいたくなるんだな~」と。

まあ、吸わないに越したことはないのだが、「かぐや姫の物語」が高畑監督の遺作となってしまったこを考えると、「煙草を吸わせてあげたかった」と他人ながら思ってしまう。

煙草を吸う人にとって煙草とはどいういうものなんだろうな。

おまけ:ようやく現れた「いい男」

これは全く「かぐや姫の物語」とは関係のないことなのだが、このドキュメンタリーには他のスタジオジブリドキュメンタリーとは全く異なる点がある。

それがプロデューサー西村義明の存在である。

何が特別かって、非常にハンサムで背が高い。俳優でもまかり通りそうな容貌である。

あんな「いい男」はこれまでのドキュメンタリーには一切登場しなかった。

男女の別に関わりなく、やっぱり「good looking」が映ると画面がしまるな。「ルッキズム」という言葉が頻繁に使われる現代にあまりそぐわない感覚ではあると思うが、俳優たちが「good looking」であることにはやはり一定の必然性があるのだろう。

そんないい男西村義明だが、高畑監督との仕事には非常に苦労したようで、ドキュメンタリーの序盤で以下のように語っている:

「脚本ができるまではねえ、精神的にはねえ、若者にとっては苦痛な期間が続いたんで。鍛えられましたよ、忍耐力。だって、映画をつくろうとしない映画監督とですよ絵を一枚も描こうとしない絵描きと、対峙するわけでしょ。そりゃあねえ、毎日毎日ですよ。大変でしたね。あの、今振り返って20代の西村くんにあっても『大変だねお前』っていうと思うよ。」

*「絵を描こうとしない絵描き」が具体的な存在とすると、それはおそらく人物造形や絵コンテを担当した田辺修さんであるが。単に「並列の比喩表現」として語っただけかもしれない。

こんな苦労のなかで「かぐや姫の物語」を完成させた西村義明が代表を務める「スタジオポノック」の成功を心から祈るものである。


上に書いたことはこのドキュメンタリーの面白い部分のごくごく一部である。スタジオジブリのドキュメンタリーはすべて面白く興味深いものばかりだが、この「高畑勲、かぐや姫の物語をつくる。」も例に漏れず面白い。ぜひとも目を通してほしいドキュメンタリーである。絶対に損はしないから。

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Sifr(シフル)
北国出身横浜在住の30代独り身。日頃は教育関連の仕事をしていますが、暇な時間を使って好きな映画やアニメーションについての記事を書いています。利用したサービスや家電についても少し書いていますが・・・もう崖っぷちです。孤独で死にそうです。でもまだ生きてます。だからもう少しだけ生きてみます。
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