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BLEACH 千年血戦篇】アニメ版の山爺と、卯ノ花vs剣八が素晴らしすぎた。

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「BLEACH」は2001年から2016年まで週刊少年ジャンプに連載された久保帯人による漫画作品である。

私は連載を追ってはいなかったのだが、アニメ版は放送開始から見ていた。2022年になるまで尻切れトンボになっていたが、ついに最終章「千年血戦篇」が放送された。

連載が終わってずいぶん経っていたこともあり、「千年血戦篇」でどんなことがあるのかは噂で聞き知っていたものの、実際にアニメを見てみたらあまりにもできが良くてじ~っと見入ってしまった

特にようやくアニメ化された山爺の卍解「残火の太刀」と、卯ノ花烈vs更木剣八が素晴らしすぎたので、その辺のことを語っていこうと思う。


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BLEACH 千年血戦篇」の素晴らしさ。

山爺の卍解「残火の太刀」

思えば「スターウォーズ」のヨーダに始まり、「ドラゴンボール」の亀仙人、「ハンターハンター」のネテロ会長など、フィクションの中で描かれた「強い爺」が昔から好きだった。

「BLEACH」の山爺こと山本元柳斎重國も「どうやらものすごく強いらしい」ということは本編中でも示唆されていたし、実際にその力の一端を見せてくれてはいたのだが、その最大出力が描かれることはなかった。

「千年血戦篇」がアニメ化されたことで、その卍解をようやく見ることができたのである。

山爺の卍解「残火の太刀」には

  • 東:「旭日刃(きょくじつじん)」
  • 西:「残日獄衣(ざんじつごくい)」
  • 南:「火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)」
  • 北:「天地灰尽(てんちかいじん)」

という4つの形態が存在している。連載当時一番話題になったのは「火火十万億死大葬陣」だったような記憶があるが、アニメを見る限り個人的には「旭日刃」が一番好きである。私が小学生だったなら、友人とどの形態が好きかで激論を交わしたことだろう

しかし、「残火の太刀」が描かれる中で私が一番気になったのは「残日獄衣」発動中の山爺が放った次の台詞である:

「その熱 実に一千五百万度。おぬしはわしに触れることすらできぬ。卍解したわしはその身と刃に太陽をまとっておるものと思え。」

「さっさと終わらせんとお主と一緒に・・・わしもソウル・ソサエティも燃え尽きる。」

これってつまり・・・

化学兵器で倒せるかもしれない強者達

山爺の台詞をそのまま真に受けると、あの世界の連中は現実世界に存在している「化学兵器」で十分対応可能な存在ということではないだろうか。

ある意味で当たり前のことのような気もするのだが、少年漫画を読んでいるとついつい忘れてしまう事実である

もちろん一対一の戦いで敵う相手ではないのだが、「千年血戦篇」で描かれた総力戦の戦いなら我々が勝ち切る目が充分あるということだろう。

そんな戦いを描くことなんて面白くもなんともないのだが、「滅却師 vs 死神」の生き残りをかけた決戦ですら表面上は我々現世を無視したなにやら閉じた世界の戦いなのだということがわかる(その結果が現世に与える影響は甚大だったにしても)。

こういうことを考えるときについつい思い出してしまうのが「ハンターハンター」の「キメラアント編」である。どう考えても倒すことができないように思われた蟻の王メルエムを最終的に駆逐したのは「貧者の薔薇」という「化学兵器」であった。

極めて少年漫画らしい「バトルもの」に見える作品に「化学兵器」が決定的な形で描かれていた;

「千年血戦篇」に至っても、「BLEACH」とう作品内ではほとんどすべての現世の人々はソウル・ソサエティを始めとする異世界を認識してはいない。だが、あの世界にもそれを知っている人々はたしかに存在しており、その事実が露呈する可能性も十分考えられる。

「世界の必然」を突き詰めていってしまうと、「死神」という存在におそれをなした人類の攻撃性が発揮され、最終的には「現世の人々 vs 死神」が発生してしまうかもしれない。そのときに炸裂するのはかっこいい卍解ではなく現世の人々が使う「大量殺戮兵器」であろう。

もちろん、そんな凄惨な物語がわざわざ描かれることはないとは思うが「BLEACH」という世界はそういった「あやうさ」の上にたっているということは確かなことではないだろうか

そしてその部分も「BLEACH」の面白さなのだと思う。

卯ノ花烈vs更木剣八はどう見てもラブシーン

「千年血戦篇」前半のもう一つの見どころはやはり「卯ノ花烈 vs 更木剣八」の戦い。なんとも壮絶な戦いだったが、まずはあの壮絶な戦いに至る因縁について振り返ろう。

卯ノ花烈の正体と更木剣八との因縁

もしかしたら「千年血戦篇」までに何かしらの匂わせがあったのかもしれないのだが、卯ノ花烈は初代護廷十三隊 十一番隊隊長にして初代剣八。そして空前絶後の「大悪人」であった。

極めて優れた剣術を誇り、戦いを愛し、自らを満足させるものを追い求めた卯ノ花は、ソウル・ソサエティの人々を殺しに殺しまくった(大罪)。

そんな満たされない状況の中で卯ノ花の前に現れたのがまだ子供であった更木剣八。

卯ノ花と同じ「倦み(うみ)」を感じていた剣八との戦いにようやく卯ノ花は喜びを感じることができた。

「倦む(うむ)」あるいは「倦ねる(あぐねる)」は退屈するとか、疲れ果てるという意味である。「倦ねる」はギリギリ使うことはあるかもしれないが「倦む」なんて表現されても通常ピンとはこない。それでも文脈を見ればどういう意味か類推できるし、卯ノ花の人物像が表現されている絶妙な表現であると思う。この辺の絶妙さが「BLEACH」に感じる「オサレさ」なのだろう。

一方、同じような喜びを感じていた剣八はその戦いが終わってしまうことを恐れ、無意識のうちに自らの力を抑え込む「くせ」をつけてしまうつまり剣八は卯ノ花よりも強かった

そしてそのことに気がついていた卯ノ花はその事実を深く恥じるとともに、目の前の少年こそが剣八の名を継ぐべき人物であり、命を賭けて育て上げなくてはならない存在であると自覚した。

壮絶なラブシーンとしての決戦

「千年血戦篇」でヴァンデンライヒの侵攻を受け、護廷十三隊は山爺を始めとする多くの戦力を失った。その渦中、新たな総隊長 京楽から「斬術の手ほどき」の司令を受けた卯ノ花は、更木剣八の「くせ」を打ち砕くために「死合」にのぞんだ。

表面上は「戦力強化」のために致し方がなく行われた剣術による戦いだったが、その内実はあまりにも「ロマンチック」なものだった。壮絶の戦いの最中、卯ノ花と剣八は次のような台詞を吐く:

更木剣八
  1. 「こんな小細工まで使って傷を負わせようとするとはな、変わったもんだぜずいぶんと、俺が憧れたあんたとはな!
  2. 「あんたと戦って初めて恐怖した。初めて戦いを楽しいと感じた。あんたのように戦いてえと思った。そのあんたに・・・あんたに勝てずに、俺はここで死ぬのかよ。」
  3. 終わりかよ。おい、あんた死ぬのかよ。おい、死ぬな。まだだ、まだ足りねえんだ。頼む、死ぬな、お願いだ。死ぬなーーーー!
卯ノ花烈
  1. 「あなたは死なない。あなたは視線をくぐる旅強くなる。それこそがあなたが自らに課した過ち。そして・・・私の罪。」
  2. 「(回想の中で)思いもしなかった。よもや私がこんな子供相手の斬り合いに、かつてない喜びを得ようとは。」
  3. 私は強い、あなた以外の誰よりも。」
  4. さようなら、世界でただ一人・・・私を悦ばせた男(ひと)よ。

こんなもの愛の告白に他ならないだろ!

あの二人は運命の出会いの後、数百年にわたり唯一人の相手を求め続けていた。その二人がようやく抱き合っていたのだ。しかも斬魄刀で!

なんと激しく、切なく、ロマンチックなシーンだろうか。

こんな狂ったシーンを天下の少年誌「ジャンプ」でやりきった久保帯人先生お見事!と私は叫びたくなった。そしてそれを見事にアニメーションにしてくれたことにも感激である。

もちろん「あのシーンは『戦いの中でしか生を感じられない悲しい二人』がようやくたどり着いた純粋で切ない『戦い』であり、ラブシーンなどといった下世話なものではない」という人もいるだろうし、それはそうなのかもしれないのだが・・・抱き合っているように見えないかい?

私としてはやはり、あれは少年漫画史上もっとも激しく切ないラブシーンだったと思うのです。

卯ノ花烈の卍解「皆尽」のエグさ

私には「ラブシーン」に見えてしまった二人の戦いだったが、そのディティールはエグいものであった。

まずは卯ノ花が放った以下の台詞であろう:

「私は永遠に戦いを楽しむため、自らを癒すすべを身につけた。」

卯ノ花隊長といえば「回道(かいどう)」がまずは思い出されるのだが、それを身に着けた理由がこんなことだったわけである。実際、剣八との戦いのさなかに自らを癒やしている上に、それでは間に合わなくなったと見るとついに卍解「皆尽(みなずき)」を発動した。

細かい能力の説明はなかったものの、アニメでの描写を見るに、回復能力が格段に上がっている。しかも・・・どうやら剣八をも癒やしているようにも見える。

つまり、卯ノ花の卍解「皆尽」は、好敵手との戦いを永遠に続けるために自分のみならず相手の傷も癒やし続けるというとんでもないものであるようだ。

卯ノ花が卍解する前にも、以下の台詞にあるように、卯ノ花は何度も剣八を癒やしていた:

更木剣八
  1. 「またか!また意識が飛んでやがった。」
  2. 「これで何度目だ。何度も何度も戦いのさなかに意識が飛んではまた戦いに立ち戻る」
卯ノ花烈
  1. 「私はあなたを殺しましょう、百度でも千度でも。だからこそ、私はあなたを癒やしましょう、何度でも何度でも。あなたが真のあなたへと立ち戻るまで。」

戦いの最中剣八は何度も意識が飛んでいたが、そのときに実際に発生していたのは、卯ノ花に致命傷を受けそれを治療され再び戦いに立たされるというとんでもないスパルタ教育だった。なんともしんどい「斬術のてほどき」だが、卯ノ花としてはさぞかし楽しかったのだろう。

と、基本的にはこの理解で良いと思うのだが、剣八の次の台詞によって少々煙に巻かれたような気分になる:

「懐かしい。戦いは楽しいが、そのさなかに我を忘れたり意識が飛んだことはねえ。そんなことはただ一度・・・あんたと戦ったあの日だけだ。」

大事なことは「あの日」にも意識が飛んでいたということである。私の理解では、あの時の剣八はすでに卯ノ花を凌駕しており、卯ノ花が剣八に致命傷を与えそれを癒やすということはできなかったように思われる。

ということは、剣八の意識が飛ぶ瞬間というのは「このまま行けば致命傷を受けてしまう!」という近未来の予測の時間であり、意識を取り戻した瞬間にはすでにその予測に基づいて致命傷を避けているということにも思える。

この辺はまだ理解が追いついてはいないのだが、無間での決戦は「こうだ!」という結論を出せないという意味において「夢と現実の間にあるもの」だったのかもしれない。

何れにせよ、壮絶なシーンであった。


ここで書いたシーン以外にも見どころはいたるところにあったとは思うが、個人的に強く印象に残ったものはこんなところである。皆さんにとって最高のシーンはどこだっただろうか。


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Sifr(シフル)
北国出身横浜在住の30代独り身。日頃は教育関連の仕事をしていますが、暇な時間を使って好きな映画やアニメーションについての記事を書いています。利用したサービスや家電についても少し書いていますが・・・もう崖っぷちです。孤独で死にそうです。でもまだ生きてます。だからもう少しだけ生きてみます。
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