「紅の豚」は1992年に公開された宮崎駿監督による劇場用アニメーション作品である。
子供の頃から何度も見ている作品で、見るたびに新たな発見があるような作品だが、今回は「マダム・ジーナ」に焦点を絞って色々と考えていこうと思う。
ジーナは本編中で以下のように語っている:
「私は三回飛行艇乗りと結婚したけど、一人は戦争で、一人は大西洋で、最後の一人はアジアで死んだって。」
空賊連合やカーチスの様子を見ればジーナが非常にモテる人であることは分かるし、昔から飛空艇乗りが近くにいたのでそういう人物と結婚したのだろうとは思う。
しかし、問題はその順番であり、大戦の英雄ポルコ・ロッソ(正確にはマルコ・パゴットかな)をその伴侶として選んだのは4番目であった。
ポルコ・ロッソは太った豚として登場しているが、若い頃はいい男であったし特段4人目になる理由はない気がする。そして、ジーナがポルコを高々4番目の男程度にしか考えていないなら、カーチスの情熱的な求婚を断ることもないだろう。
普通に見ていればジーナの判断に疑問を持つこともないのだが、「紅の豚」を何度も見ている身としては妙なことを考え始めてしまうのである。
以下の記事ではジーナがカーチスを袖にした理由をきちんと言語化することを試みて、彼女の内面を探っていこうと思う。ジーナはなぜ4番目にしてようやくポルコを選び、カーチスの求婚を断ったのだろうか。
まずはジーナの過去3回の結婚について考えていこう。
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ジーナの「いいやつ順(支配できる順)」の結婚
飛行艇を乗り回すような連中は基本的に「ならず者」で手に負えないが、幼馴染で昔から自分をちやほやしてきた実績のある人物〈支配できる順〉に選んだ。 -
カーチスとポルコの共通点と違い
カーチスは腕利きゆえに“手に負えないならず者”でジーナでは支配できない。一方ポルコ(マルコ)は最も自由で手に負えないが、昔からジーナを慕い続けた過去があり“最後の賭け”として彼女の庭に来れば愛すると決めた相手だった。 -
「大西洋」「アジア」に隠れたサンテグジュペリへの思い
戦後に亡くなった2人の夫は過酷な郵便飛行士だった可能性がある。ラテコエール社などの実在航路を踏まえ、宮崎駿が敬愛するサンテグジュペリの経歴を物語に投影し「大西洋」「アジア」の死地を配置したと考察。
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ジーナがカーチスを袖にし、ポルコを4番目に選んだ理由

過去3回は誰と、どのような順番で結婚したのか?
本編中で明確に語られていないが、「3」という数字をヒントにするなら、ジーナが結婚した3人の男とは、ポルコ(マルコ)の顔が塗りつぶされた写真に写った人物とその隣にあった写真の人物ということになると思う。

*上の画像には5人の男性が写っているが、左の写真に映る男性の一人はジーナの兄あるいは弟であったと考えられる。写真にある文字になんと書かれているかも含めて私のXのポストに詳しくまとめているので参照してみてください。
この3人については以下のように推定できるのではないだろうか:
- ジーナとポルコ、そして3人は幼馴染、
- 出会ったころからジーナに惚れていた、
- 3人共飛空艇乗りになったが、腕前はポルコが上、
- みんな「いいやつ」だった。
最後の「いいやつ」というのは、以下のポルコの発言をわずかに根拠にできる:
「いいやつはみんな死んだ。」
もちろんこれは戦争で死んでいった人々も指しているのだろうが、3人目の夫の死の知らせがあったということをジーナから聞いた直後の台詞であることを考えると、3人のことを強く意識している見るのが自然だろう。この後に「友へ」と言ってジーナと2人でグラスを掲げている。
そして、このように考えた時、最大の問題は「どのような順番で結婚したか」ということだろう。
「いいやつ順」で結婚した(第1段階)
ジーナが結婚した順番を推定する上でヒントになるのは、4番目にしてようやく選ばれたポルコ、客としてしか見られていない空賊連合、熱烈な求婚を断られたカーチスの存在だろう。
あいつらって結局どういう奴らだろうか?
第一次大戦が集結したかと思ったら、世界恐慌に陥り、世界は再び混乱に飲み込まれている。それでもなお人々は懸命にその「状況」の中で生きているのだが、ポルコ、空賊連合、カーチスみたいな連中は、そういう状況から逃げ切っている存在である。つまり、周りから見ればならず者ということになるだろう。
もちろん第一次大戦の痛手を忘れてはならない。少なくとも空賊連合の連中も戦争に駆り出された人々だろうから「こんな世界でやってられるか」という生き方をしても無理からぬことと思う。それは「ならず者」にならなかった人々も同じなのだけれど。
恋愛を楽しむならそういう連中でもいいかもしれないが、結婚となるとそうもいかない。どうせ家には寄り付かないし、他に女を作るかもしれない。そしてそれを悪びれもしない。
逆に言うと、ジーナが結婚してもいいと思った相手は「結婚生活を維持できそうな人物」ということであり、そういう順にジーナは結婚していったという言い方もできるのではないだろうか。当たり前といえば当たり前なのだが、そのことを考えると、戦後になくなった残り二人の男のことも少々興味深く考察することができる。
「ならず者」の方が優れたパイロット
ジーナの発言を思い出すと、彼女の最初の夫は戦争でなくなっているが、残りの2人は戦争を生き抜いたことになる。
つまりは、残りの2人もポルコほどではなかったが戦争を生き残れるくらいの腕前があったということになるだろう。飛行機に乗れるやつは全員動員されただろうから、このように考えることに特段の問題はないと思う。
ジーナは結局「いいやつ順」に結婚したのだと思うのだが、2番目と3番目の夫が具体的にどのような仕事をしていたかは不明だが、飛空艇から降りていなかったから「大西洋」そして「アジア」で死ぬことになったのではないだろうか。
*この2人の仕事については後述する「サンテグジュペリと宮崎駿」のパートで考察するが、おそらく航空郵便を運ぶパイロットをしていた。
過酷な戦争という状況をなんとか生き残ったのに、彼らはどうしても飛空艇を降りることができなかった。それほどまでに「飛ぶということ」はその飛行機乗りを魅了するものなのだろう。
しかし、ここで問題にしたいのは「結婚」である。
配偶者としては飛空艇を降りてほしいとは思うだろう。実際、飛行機事故で2人の夫が死んだと思われるわけで、命の危険が常に付きまとうわけである。しかし彼らは飛空艇を降りず自分の生きたいように生きた。彼らもそういう文脈でいえば「ならず者」であり、その人間性が優れた操縦技術と表裏一体のものだったのかもしれない。
と、ここに至るまで「結婚」というキーワードで物事を考えているとじゃあ飛空艇乗りと結婚しなきゃいいじゃん!とも思うし、戦後に亡くなった夫もぜんぜん「いいやつ」ではないように思えてくる。
ジーナの内面の真実はもう少しだけ複雑だったということになるだろう。
「いいやつ順」で結婚した(第2段階)-支配できる「ならず者」という理想-
古今東西「不良(ならず者)がモテる」という悲しい現実に多くの男達が苦しんだことと思う。その理由は色々あるのだろうが、それが現実であるということが我々にとっては大事なことである。
そればジーナにとっても同じことだったのだろう。平穏無事な男を愛せるような人物としてジーナは描れていないように見える。
その上で「結婚」ということを考えるなら、「モテる『ならず者』でありながら、何故か自分だけを見つめてくれて、さらに言うことを聞いてくれる人」がジーナにとって結婚に値する人物ということになる。思えばすべての女性がこう思っていそうだし、いわゆる少女漫画のヒロインに惚れてくれる男がこれにあたるね。
では、過去にジーナが結婚した男がなぜこのような存在としてジーナに見えたかというと、
- 幼馴染として昔から自分をちやほやしてくれて、
- パイロットとしての技術を持ち、
- 周りからも当然もてていて、
- どこかへ行ってしまいそうな危うさがある
といったところだったのではないだろうか。いちばん大事なのは「どこかへ行ってしまいそうな危うさ」でと思われる。そういった危うさがあるのに、何故か自分の近くにいてくれそうであることが大事であり、その根拠となるのは「幼馴染として自分をちやほやしてくれた」ということだったのではないだろうか。。
本編中でもジーナの飛空艇乗りに囲まれており、ポルコを含む4人でなくても選ぶ相手はいたような気もするのだが、若い頃から知っており、自分の言う事を聞いてくれるという経験をすでにしていたことが大きかったかも知れない。
結局のところ、ジーナは「言うことを聞いてくれそうな順番」で結婚したのではないだろうか。言い方を変えると「自分が支配できるならず者」である順番に結婚した。そしてこのように考えてみると、カーチスが袖にされた理由も見えてくる。
カーチスは何故ジーナに袖にされたのか
カーチスはポルコに匹敵するほどの腕前を持つパイロットであり、後に俳優として成功したことを考えるとモテるし顔もいい(本編では分かりづらいが)。
しかし、パイロットとしての腕が立つほどならず者度が上がると考えると、カーチスは実のところジーナの手に負える相手ではないということが考えられる。
本編をみていると、ジーナのほうが大人(手練れ)で、カーチスは見事にいなされているように見える。素直に見ればそれでよいのだと思うのだが、ジーナは若い頃から自分をチヤホヤし続けてくれた相手としか結婚(あるいは恋愛)をしていないという事実を前提にすると、ジーナにとってカーチスが魅力的でない理由は「支配できないから」と言えるかも知れない。
そしてそのように考えると、ポルコ(マルコ)が最後の男だった理由も見えてくるだろう。
ポルコ(マルコ)が4番目だった理由
ここまでくればポルコが最後だった理由も見えてくるだろう。ジーナはカーチスに以下のように語っていた:
「私がこの庭にいるときにその人が訪ねて来たら、今度こそ愛そうってカケしているの」
なんとも上から目線の台詞なのだが、これまで考えてきたことを前提にすると、ポルコが最後になった理由は「昔から人となりを知っており、自分をチヤホヤしてくれた人の中で、一番支配しづらい存在だったから」という事になると思う。
顔が豚だからとか、一番持てなかったらかとか、そういったことが理由ではない。
本編中にジーナの内面の真実を教えてくれるような描写はそんなに多くないので、ジーナの判断には様々な見方があると思うが、このような味方もあるのではないだろうか。
サンテグジュペリと宮崎駿-戦後に亡くなった2人の夫の仕事を探る-

「紅の豚」を語るうえで宮崎駿のサンテグジュペリ愛は無視できないものになっている。宮崎駿のサンテグジュペリへの思いは、1998年にNHKで放送された「わが心の旅 サンテグジュペリ 大空への夢」で語られている。
このドキュメンタリーは「星の王子さま」の作者として有名なサンテグジュペリの足跡を宮崎駿が追うもので、宮崎駿が彼から大きな影響を受けたことが分かる。ドキュメンタリーの最後では、宮崎駿が涙をためながら以下のように語った:
「サンテグジュペリに一番影響を受けたんですよ僕は。結局。」
偉大な映画監督が「一番影響を受けた」と言い切ってしまうほどの存在である。
そんなサンテグジュペリの人生は面白いもので以下のような略歴となっている:
1900年6月29日 | フランス・リヨンにて誕生。貴族の家系に生まれ、幼少期から文学と機械に関心を示す。 |
---|---|
1921年 | 兵役のためフランス空軍に入隊。モロッコ駐屯中に初めて飛行訓練を受け、飛行士資格を取得。 |
1926年 | 郵便飛行士としてアエロポスタル社(後のエール・フランス)に勤務開始。フランス~アフリカ間の郵便航路を担当し、過酷な環境下で経験を積む。 |
1929年 | 南米・アルゼンチンに赴任し、ブエノスアイレス支社の責任者として活動。飛行士としての冒険譚を下敷きに作家としても頭角を現す。 |
1931年 | 長編小説『夜間飛行』を発表し、作家として高い評価を得る。以後『人間の土地』『星の王子さま』など代表作を次々と発表。 |
1939年 | 第二次世界大戦が勃発。志願して偵察飛行任務に従事。フランス降伏後も亡命先のアメリカなどで執筆活動を続ける。 |
1943年 | 北アフリカで再び偵察部隊に合流。年齢と健康面から本来は不適格とされたが、特別に任務が許される。 |
1944年7月31日 | コルシカ島の基地から出撃した偵察飛行中に消息を絶つ。後に南仏マルセイユ沖で彼の搭乗機の残骸が発見され、戦死が確認される。 |
ここで問題にしたいのは郵便飛行士である。
郵便飛行士はその名の通り郵便を飛行機で運ぶパイロットなのだが、当時の航空機の技術もあり、極めて過酷な仕事であった。つまり、多くの人が墜落の危険に晒される中で命をかけて仕事をしていた。
ジーナの元夫で、戦後になくなった2人もこの郵便飛行士だったのではないだろうか。夫の死で一番気がかりだったのが「アジア」である。
イタリアが舞台の作品なのだから、大西洋でなくなったと言われれば「そんなもんか」と思うのだが、「アジア」となると話は別である。しかし、彼らが郵便飛行士と考えるとある程度合点がゆく。
第二次大戦までに、フランス、イギリス、ドイツなどの航空会社が郵便飛行を行っており、フランスのラテコエールは「ダカール⇒ナタール⇒リオデジャネイロ」の大西洋航路、イギリスのインペリアル航空は「ロンドン⇒シンガポール⇒オーストラリア」の東南アジアルート、ドイツのルフトハンザ航空は「ベルリン⇒バンコク⇒ハノイ⇒台北」のアジアルートを持っていた(それぞれ他にもいくつかの航路があった)。
つまり、ジーナの夫2人が郵便飛行士であった考えると一応辻褄が合うのである。
このように考えると「大西洋」そして「アジア」という場所に、宮崎駿のサンテグジュペリへの愛が込められていたのではないだろうか。
英語のウィキペディアになりますが、郵便飛行の航路についてはラテコエールの航路、インペリアル航空の航路、ルフトハンザ航空の空路を参考にしています。
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