【千と千尋の神隠し】雑学&豆知識集-裏話や制作秘話を紹介-
「千と千尋の神隠し(スタジオジブリ公式)」は2001年に公開された宮崎駿監督による劇場用長編アニメーションである。
今回は「千と千尋の神隠し」に関する雑学、豆知識をまとめていこうと思う。必ずしも本編の理解を深めるために必要なものではないが、なかなか興味深いものも含まれていると思う。
この記事の内容を、AIが対話形式(ラジオ形式)で分かりやすく解説してくれます。
「千と千尋の神隠し」の雑学&豆知識集
千尋のモデルは千晶(ちあき)という実在の女の子
「千と千尋の神隠し」の主人公である千尋には明確なモデルが存在している。それは当時、日本テレビの映画部でジブリの担当をしていた奥田誠治という方の娘である千晶(ちあき)という当時ちょうど10歳の女の子である。
「もののけ姫」の後、次回作の企画が進められていたのだが、原作ありのものが一つ、オリジナルのものが一つあり、いずれも結果的に没になってしまう。
その後に宮崎駿監督が提案したのが「千晶の映画」だった。「あの両親に任せておいたら、千晶はどうなっちゃうんだろう?千晶のために映画を作らなきゃいけないんじゃないか」と随分とお節介なことを考えていたらしい。また、2001年3月26日に「江戸東京たてもの園」で行われた制作報告会においても、宮崎監督は以下のように語っている:
「実は僕には、ちょうど柊さん(当時13歳)くらいの、赤ん坊の頃からよく知っているガールフレンドが5人ほどいまして、毎年夏に山小屋で2、3日一緒に過ごすんですが、その子達を見ていて、この子達のための映画がないなとおもいまして、その子達が本当に楽しめる映画を作ろうと思ったのが、狙いというかきっかけです。」
宮崎監督が言うところの「ガールフレンド」達が10歳くらいのころに思いついたということも同時に語っている。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
初期構想では銭婆がラスボスであり、カオナシは完全に脇役だった
現在我々の知る「千と千尋の神隠し」の山場はカオナシの暴走シーンとなっている。しかし、初期構想ではカオナシは完全に脇役であり、現在の形になったのは「偶然」であった。
初期構想(絵コンテが最初の40分ほどできていた頃)では、湯婆婆を倒した後、更に強大な魔女である銭婆がいることがわかり、ハクと力を合わせて銭婆をも倒すことに成功するというものだった(その後両親を戻すことに成功する)。
しかし、この初期構想を実現しようとすると3時間を超えるものとなる。それを実現しようとすれば制作期間を1年伸ばさなくてはならないほどのものであったが、そのような鈴木敏夫の指摘に、宮崎駿と作画監督の安藤雅司は反対し、最終的に今の形に収まった。
この件に関して鈴木敏夫は「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」の中で以下のようにも語っている:
「(初期構想について)宮さんは熱弁してくれたんですけど、僕はあまりピンとこなかった。いや、正直にいうと、ちょっとバカバカしいんじゃないかと思った(苦笑)。だけど、それを率直にいうわけにもいかないですよね。」
鈴木敏夫によると「3時間」という数字は咄嗟に出たことのようだが、結果的にはその具体的な数字によって方針が転換され、現在我々が知る物語になった。
そして、「いまだったら公開時期を延ばせますから」という鈴木の言葉に対して拒絶を示した宮崎駿が、僅かな沈黙の後にカオナシを表に出すアイディアを提案したという。もとの案で行くかカオナシ案でいくかの最終判断は鈴木敏夫がしたことになっている。
客観的にはこのような流れだったようなのだが・・・どうもこの一連の流れの中には宮崎駿と鈴木敏夫の「阿吽の呼吸」が見え隠れするように思える。長年映画を作り続けてきた宮崎駿が、初期案が3時間超えのものになることを認識できないとは到底思えない。それは宮崎駿も分かっていたと考えるのが自然だろう。
では、このような流れは何故発生したのか?それは、宮崎駿もこの「初期案」を面白いと思えなかったのではないだろうか。その一方で、カオナシを中心に据える物語にも完全に自信をもつことができない。そこで、鈴木敏夫に選ばせることでカオナシ案を推進しようとした(あるいはその案に自信をもとうとした)ということだったのではないだろうか。もちろんこれは私の想像に過ぎないが、そこまで外れているとも思えない。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
釜爺の声優として菅原文太が抜擢されたのは鈴木敏夫の推薦
夏木マリの湯婆婆(銭婆)を初めとして、「千と千尋の神隠し」の声優は何ともはまり役といえる人が多かったと思うが、釜爺の声を担当した菅原文太もそうだったと思う。
そして私と同じように、釜爺の「わからんか。愛だ、愛。」という台詞が印象に残っている人も多いだろう。
この菅原文太の配役が決まった背後には「愛というセリフに説得力をもたせることができるのは菅原さんしかいない」という鈴木敏夫の提案があった。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
主題歌は没企画である「煙突描きのリン」のために作られた
「千と千尋の神隠し」の主題歌(エンディング・テーマ)は木村弓の「いつも何度でも」である。私もとても好きな曲であるが、もともとの主題歌は、作曲・久石譲、作詞・宮崎駿の「あの日の川へ」という曲になるはずだった。ところが、作詞作業が難航し、「いつも何度でも」を思い出した宮崎が「いつも何度でも」を主題歌にすることを提案したという流れになっている。
ポイントとなるのは宮崎駿が「いつも何度でも」を「思い出した」ことである。実のところこの曲は全く別の企画である「煙突描きのリン」という企画のために木村弓と覚和歌子によって「自主的に」作られたものであった。ここに至るまでの流れの概要は以下のようになっている:
- 映画「もののけ姫」に感動した木村弓が宮崎駿にファンレターを贈る(「もののけ姫」の主題歌などを吹き込んだCDも封入していた)。
- そのファンレターに宮崎駿から返信があり、「『煙突描きのリン』という企画を進めている」という事を知る(その返信には企画の内容も書かれていた)。
- 依頼があったわけではなかったが、良いフレーズとメロディーが浮かんだ木村弓は覚和歌子に協力を頼んで曲を制作し、「煙突描きのリン」の企画に合うのではないかと「自主的に」宮崎駿に送る。
- 長く音沙汰がなかったが、結果的にその曲が「千と千尋の神隠し」の主題歌として採用される。
これ自体がフィクションのような話だが、実際にこのようなことが発生していた。
ちなみに、「煙突描きのリン」は「千と千尋の神隠し」の前にあった没企画であるが、ある程度断片的な情報は分かり、以下のようなものだったらしい:
- 群発地震が発生し荒廃し東京に残った銭湯が舞台。
- 一人の女子学生(二十歳)が大阪からやってきて、煙突に絵を描くことを条件に銭湯に住むことを許される。
- そんなリンの行く手を阻む60歳の男が率いる集団との対立を描く。
- 何故かリンはその60歳のじいさんと恋に落ちる。
見てみたいような気もするが・・・皆さんはどう考えるだろうか。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
「踊る大捜査線」に駆逐された企画案「煙突描きのリン」そして始まった「千晶(ちあき)」の映画
先述の通り、「千と千尋の神隠し」の前には「煙突描きのリン」という企画があったのだが、実はその企画を吹き飛ばしたのは「踊る大捜査線 THE MOVIE」だった。
宮崎駿が「煙突描きのリン」の企画を進め、イメージボードを書きまくっている頃、鈴木敏夫は「踊る大捜査線 THE MOVIE」を見ることになるのだが、「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」で鈴木敏夫は以下のように語っている:
「コメディタッチの刑事もののふりをしながら、今の若者たちの気分、ものの見方、行動パターン、すべてが見事に表現されている。これが現代かと思い知らされました。」
「煙突描きのリン」の主人公であるリンの年齢は20歳。鈴木敏夫としては、当時還暦間近であった宮崎駿に20歳の若者をリアルに描き切れるかどうかということに危惧があった。その後、宮崎駿のアトリエに向かった鈴木敏夫は、映画を見た感想を述べたのだが、すぐさま鈴木敏夫の意図を察した宮崎駿は、すでに大量に描かれていたイメージボードを捨て去り、「千晶の映画をやろう」と提案してきた。
宮崎駿の判断、そして決断の速さに驚かされるエピソードなのだが、ここにも宮崎駿と鈴木敏夫の「阿吽の呼吸」を感じてしまう。大量のイメージボードが書かれていたとは言っても、宮崎駿本人もなにか手応えがなかったのではないだろうか。その一方で、「千と千尋の神隠し」につながる企画が本人の中で大きくなっていた。
鈴木敏夫の「踊る大捜査線」の感想を聞いたことによって、踏ん切りがついたということのように思える。真実は闇の中だけど。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
「千と千尋の神隠し」は鈴木敏夫が聞いたキャバクラ話から始まった
「千と千尋の神隠し」は2002年第52回ベルリン国際映画祭で最優秀賞である金熊賞を受賞し、翌年2003年には第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞しているが、実の所宮崎駿はどちらの賞についても宮崎駿本人は授賞式に登壇していない。
一方で、2005年度国際交流基金賞(公式)を受賞し、その授賞式には出席している。
そしてその授賞式後に宮崎駿は鈴木敏夫に「この映画は、鈴木さんの一言からはじまったんだよね」「覚えてないの?」キャバクラの話だよ」と語った。キャバクラの話というのは、鈴木敏夫がキャバクラ好きの知人から聞いた話であり、「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」で以下のように記述されている:
キャバクラへ働きに来る子たちは、もともと引っ込み思案で、人とのコミュニケーションがうまくできない子も多い。ところが、必要に迫られて、一生懸命いろんなお客さんと会話するうちにだんだん元気になっていく。
確かに「千と千尋の神隠し」における千尋に重なる話である。
働かない者の恐ろしすぎる行く末
映画本編で千尋は湯婆婆に「働かせてください」とだけ言い続ける。結果として仕事を得て、最終的な大団円に至るのだが、あそこで千尋が怯んで「やっぱりいいです」なんてことを言っていたらどうなっていたのか?極めて自然な疑問なのだが、実は宮崎駿による「不思議の街の千尋 この映画のねらい」という企画書にその疑問の答えが記述されている:
湯婆婆が支配する湯屋では、「いやだ」「帰りたい」と一言でも口にしたら、魔女はたちまち千尋を放り出し、彼女はどこにも行くあてのないままさまよい消滅するか、ニワトリにされて食われるまで卵を生みつづけるかの道しかなくなる。
何とも怖すぎる末路である。あそこで千尋が「働かせてください」と言い続けることができた事実そのものが、千尋の生きる力を表現していたということもできるかも知れない。
湯婆婆のフロアが暗いのは「経費節減」
映画の序盤で千尋がたどり着く湯婆婆のオフィスフロアは何故か薄暗かった。その薄暗さは千尋の恐怖心とリンクしており極めていい味を出している。もちろんそういう表現上の意図があったことは確実だと思うが、面白い裏話が、作画監督の安藤雅司から語られている。
安藤雅司によると、湯婆婆は「いやらしい成金」をイメージされており、意図的に派手に描かれている(それは宮崎駿の狙いでもあった)。その一方で、「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」で以下のようにも語っている:
湯婆婆自身は、自分が住んでいる湯屋の最上階などはかなり薄暗くして省エネ体制をとっているんです。経費削減ということで(笑い)。あれで相当経営者として頭を悩ませているということらしいです。
何とも「人間味」のある話である。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
物語のラスト、トンネルを抜けた千尋は湯屋での出来事を忘れている
映画本編中、千尋は不思議な世界で様々な経験をすることになるが、あんな記憶を抱えながら生きていくのはなかなかにつらそうでもある。少なくとも誰にも信じてもらえないだろう。しかし、実のところ千尋は、トンネルの向こう側で起こったことを忘れてしまっている。その事実は絵コンテに明確に書かれている:
これはこれで寂しい気にもなるのだが、ここで聞いてくるのが銭婆の台詞「一度あったことは忘れないものさ……想い出せないだけで。」となっている。表面上忘れてしまっていても千尋の中にはきちんとその経験が蓄積され、その後の人生の礎となるのである。
- 「ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し(PR)」
- 「千と千尋の神隠し スタジオジブリ絵コンテ全集〈13〉(PR)」
この記事を書いた人
最新記事
- 2026年1月2日
【千と千尋の神隠し】雑学&豆知識集-裏話や制作秘話を紹介- - 2025年12月23日
「美しい物語」ではなかった羽衣伝説-日本各地の天女伝承とその結末- - 2025年12月21日
【ホーム・アローン2】雑学&豆知識集-裏話や制作秘話を紹介- - 2025年12月19日
【ホーム・アローン(1作目)】雑学&豆知識集-裏話や制作秘話を紹介- - 2025年12月18日
「未来のミライ」と「となりのトトロ」に見る共通点 -孤独が生んだ”夢だけど夢じゃなかった”世界-















