細田守監督作品「バケモノの子(公式)」には、主人公・九太(蓮)が8年ぶりに人間界に戻り、自身の住民票が削除(職権消除)されていることを知るシーンがある。
彼は住民票を復活させる手続きの過程で、音信不通だった父の現住所を知り、再会を果たすのだが、この展開は一見すると「映画的なご都合主義」のように思えるかもしれない。
しかし、この一連の流れは、日本の法律と行政手続きに照らし合わせると、非常に現実的(リアリティがある)な描写であることがわかる。
この記事では、これまでのチャットで解明した内容に基づき、なぜ九太が父親の住所を知り得たのか、その背景にある行政の仕組みを解説する。
*以下の文章は十分調査したものですが、法律的には不正確な部分もあるかもしれません。あくまで「映画を楽しむためのTips」としてご覧ください。
この記事の内容を、AIが対話形式(ラジオ形式)で分かりやすく解説してくれます。
鍵を握る「戸籍の附票」
住民票や身分の手続きと聞くと、多くの人がまず「戸籍謄本(とうほん)」を想像するかもしれない。しかし、九太が父親の住所を知ることができた最大の鍵は、その戸籍謄本ではなく、「戸籍の附票(こせきのふひょう)」という別の公的な書類にある。
この「戸籍の附票」こそが、作劇上の都合を超えた「手続き上の必然性」を持っていたのである。
「戸籍謄本」と「戸籍の附票」の違い
まず、この二つの書類の決定的な違いを理解する必要がある。
| 書類名 | 主な目的(何を証明するか) | 住所の記載 |
|---|---|---|
| 戸籍謄本 | 身分関係(家族関係)である。 (例:誰が親か、いつ生まれたか、誰と結婚したか) |
現在の住所は一切載っていない。 (「本籍地」は記載されるが、現住所とは異なる) |
| 戸籍の附票 | 住所の履歴である。 (例:その戸籍が作られてから、いつ、どこからどこへ引っ越したか) |
載っている。 (「全員の写し」を請求する場合はその戸籍に入っている人「全員」の、過去から現在までの住所履歴) |
そして、映画本編での描写から逆算すると、父の戸籍に入ったままであったことになり、 したがって、九太が「同じ戸籍に入っている者全員分(全員の写し)」として戸籍の附票を取得すると、そこには同じ戸籍に入っている父の「最新の住所(住民票の登録地)」も記載されていたということになったと思われる。
離婚後、親権を母が握っても、子供の戸籍が元のままということはあり得ることだが、母方の親族の様子を見るに、蓮は母の戸籍に入っていると考えるのが自然な気もする。
しかし、実際に父親の住所が分かったのだから、父の籍に入ったままだったと考えるしかないことになる。
なぜ九太は「戸籍の附票」を取得したのか?
では、なぜ九太は「戸籍の附票」を取得する必要があったのだろうか。それは、住民票の復活(再登録)手続きに不可欠だったためである。
九太は8年間行方不明で、住民票が「職権消除」されていました。これは「住所不定」の状態である。 彼が再び住民票を作る(再登録する)ためには、窓口で以下の点を証明する必要があった。
- 自分が「蓮(九太)」本人であること(身分の証明)
- 過去に確かにこの街(渋谷区)に住んでいたこと(住所履歴の証明)
このうち、1の「身分の証明」は「戸籍謄本」で可能である。 しかし、2の「過去の住所履歴の証明」については、「戸籍の附票」によって主に行われる。
つまり、九太は作劇上の都合で父親の住所を探しに行ったのではなく、自身の住民票を復活させるという行政手続きを完了するために「戸籍の附票」が必要だったのである。その結果として、父親の現住所が判明した、というのがこのシーンの真相である。
最大のハードル「本人確認」はどうクリアした?
ここで一つの疑問が残る。「戸籍謄本」にしろ「戸籍の附票」にしろ、これらの書類を請求するためには何かしらの形で「本人確認」が必要となる。8年間行方不明だった九太は、運転免許証や健康保険証などの「本人確認書類」を持っていたのだろうか?
おそらく持っていなかったであろう。 では、身分証なしでどうやって公的な書類(戸籍の附票)を取得できたのだろうか。
これにも現実的な解決策がある。 それは「口頭確認(口頭試問)」である。
日本の多くの市区町村では、本人確認書類がどうしても提示できない国民に対し、最後の手段として「口頭での質問」による本人確認を認めている。
これは、担当者が申請者の「戸籍謄本」などの情報(本籍地、筆頭者、生年月日、両親の氏名など)を手元で見ながら、「その本人しか知り得ない情報」を質問し、正しく答えられるかで本人確認を行う手法である。
劇中の九太も、この方法で本人確認をクリアし、戸籍の附票を手に入れたと考えるのが最も現実的である。
参考:公的機関の「口頭確認」に関する記載
実際に、複数の公的機関(市区町村)が、この「口頭確認」について公式ウェブサイトで言及している。
(注)上記のものが提示できないときは、口頭での質問により補充的に本人確認することがありますので、ご協力ください。
出典:相模原市「質問:戸籍の附票の写しの取得方法について知りたい。」
確認できない場合は、口頭質問により本人確認を行います。
出典:伊勢市「戸籍関係の証明書手数料」
本人確認ができる書類をお持ちでない方も交付申請はできますが、口頭での質問やその他の書類によって本人確認をさせていただきます。
出典:函南町「住民票・戸籍等各種証明書交付申請の際の本人確認」
本人確認できる書類をお持ちでない場合、口頭等で質問をすることで本人確認をさせていただきます。
出典:取手市「戸籍や住民票に関する届出や証明書の交付申請時には本人確認書類の提示が必要です」
まとめ:映画に描かれた「住民票の復活」
映画の描写をまとめると、九太が行った手続きは以下のように推測できる。
- 本籍地の役所へ行く
- 「戸籍謄本」と「戸籍の附票」の取得を申請する。
- 本人確認
- 身分証がないため、職員による「口頭確認」を受け、生年月日や家族構成などを答えて本人確認をクリアする。
- 書類の取得と「発見」
- 発行された「戸籍の附票」を受け取る。
- その書類に、自分の過去の住所だけでなく、同じ戸籍に入っている父の「現住所」が記載されているのを発見する。
- 住民票の再登録
- これらの書類を持って、今住んでいる(住み始める)場所の役所(劇中では渋谷区役所)へ行き、「転入届」を提出。住民票が復活する。
このように、「バケモノの子」のあのシーンは、「父の戸籍に入ったまま」という前提で考えれば、十分リアリティのある描写であったと言える。
さらに、人間の世界に戻った蓮が父と再会するために、「高卒認定試験⇒出願に住民票が必要⇒住民票の再登録⇒戸籍の附票」という流れを考案したことは「おみごと!」というべきではないだろうか。
参考:住民票はなぜ削除(職権消除)されたのか?
そもそも、なぜ九太の住民票は「削除(職権消除)」されていたのだろうか。これは、九太が8年間行方不明であり、住民票の登録地に「居住実態がない」と行政が判断したためである。
「職権消除」とは、住民基本台帳法に基づき、市区町村が「住民票に記載された住所に、その人が実際には住んでいない」と判断した場合に、その住民票を行政の権限で削除する手続きを指す。
行政は、郵便物が返戻されたり、近隣住民からの情報提供があったり、各種調査(国民健康保険や介護保険の利用状況など)を行ったりして居住実態を確認する。九太のように長期間行方不明であれば、調査の結果「居住実態なし」と判断され、職権消除の対象となる。
実際に、多くの市区町村が職権消除の具体例を以下のように示している。
(職権消除の具体例) ①住民票異動事務の窓口の対応等で、住民票記載事項に疑義が生じた場合 ②税務課や国民健康保険係、高齢者福祉課など他所管及び行政機関から、 郵便不達や臨戸訪問等により居住が不明な方の情報提供 ③親族及び同居人、近隣の住民等、家屋の所有者又は家屋の管理人などから、 不現住者である旨の申し出や通報があった場合 ④転出証明書を取得してから6ヶ月経過後においても、転入先の市区町村から 転入通知が届かない場合 ⑤外国人の方で法務省からの帰国した旨の通知や、在留期間満了の通知 があった場合 などにより、住民課が実態調査を行い、居住の実態がないと判断した時に住民票の職権消除を行っております。
出典:福岡県川崎町「住民票の職権消除」
住民票上の住所での居住が確認できないときなど、法令に則り市が職権による消除又は記載、修正を行うことがあります。
出典:糸島市「住民登録は、正しく届けましょう。」
劇中の九太は、まさにこの「居住実態が確認できない」状態(特に②や③に該当する可能性が高い)だったため、法と手続きに則って住民票が消除されていたのである。
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